その日の朝、私は一人で花市場に買い出しに行った。
 自分用の秋冬向けに育てる種を買いに来た。畑は広くないけれど、隣に温室もあって、種類はそこそこ育てられる。
 父は切り花と鉢植えを卸に行っていて、兄の瑞希は畑の水やり。だから一人で気楽に市場を見て回っていた。
 買い終えて父のところに顔を出すと、まだ時間がかかると言われた。

「このあと農協に寄るから、花音は先に帰ってろ。さっき藤乃ちゃんが一人で来てたから、一緒に飯でも食ってけよ」
「大きなお世話!」

 とはいえ、藤乃さんがいるなら会いたい。
 駐車場で須藤さんの車を探していたら、ちょうど藤乃さんが荷台の前でスマホを取り出すところだった。

「藤乃さん!」

 そう言って駆け寄ると、なぜか藤乃さんは両手で顔を覆ってしまった。

「かわいい……!」
「な、なんですか、いきなり……」

 藤乃さんは、私を見るたびにそればかり言う。
 今日の私は白い半袖シャツに濃いグレーのサロペットと、由紀農園のロゴ入りの黒いキャップ、足元はショートブーツ。
 ……全然かわいくない。
 藤乃さんは、オーバーサイズの白い半袖シャツに細身のジーンズ、胸当てのない短めのエプロンというシンプルな格好。でも、背が高いから、それだけで十分かっこよく見える。

「ごめん、花音ちゃんがあまりにかわいくて、ちゃんと見られなかった」
「もー、すぐそういうこと言うんだから。藤乃さんだって、いつもかっこいいですよ」
「そう言ってくれるの、花音ちゃんだけだよ。でも、それが一番嬉しい。おはよう。種を買いに行ってたんだよね」
「……おはようございます。父に会ったんですよね。藤乃さん、もう帰るところですか?」
「朝ごはん食べて帰ろうかと思ってた。……誘ってもいい?」
「朝ごはん、一緒にどうですか?」

 そう言うと、藤乃さんが少しはにかんで頷いた。
 かわいくて、目をそらしたくなるのは、こっちなのに。

「先に言われちゃった。どこがいいかな? この時間だと、市場の中くらいしか開いてないけど……」
「じゃあ、テイクアウトして少し走りましょうか?」
「あ、それなら海の方に行かない? 海水浴の時期だから、海の家が出てて、ベンチもあると思う」
「そうしましょう!」