朝海と初めて会ったのは、葵の卒業式のひと月くらい前だった。
 その時期の花屋はとにかく忙しくて、母親と延々とブーケやアレンジを作りまくっていた。
 そんな慌ただしい時期に、ふらっと現れて、

「ここが、葵の話してた花屋か?」

 なんて言うもんだから、何事かと思った。
 話を聞いたときは、こんな繁忙期にかよ……って思った。でも「葵に贈りたい」なんて言われたら断れないし、無愛想だけど悪い奴でもなさそうだったから、なんとか卒業式当日に間に合わせて、でっかい花束を用意してやった。
 もちろん、その時期はとっくに予約でいっぱい。だから繁忙期特別価格、ってやつで。
 その夜、葵から『花束、ありがと』ってだけメッセージが来て、ああ、ちゃんと俺が作ったってわかってくれてたんだな……って思ったら、ちょっと泣けた。
 数日後、二人でそろって店に来て、葵から改めて紹介された。
 そのとき二人そろって花束のお礼を言ってくれて、俺はやっぱりカウンターの奥でちょっと泣いて、母親に笑われた。


 それから二年半くらい。朝海はときどき葵を迎えに来るけど、一人で来たのはあの卒業式の前以来だ。

「でも、葵の誕生日に花を贈るなんて初めてじゃないか? どういう風の吹き回し?」
「いや、去年も一昨年も花を贈っている。忙しくてネットで注文して贈っていた」
「今年はそうじゃねえんだ?」
「単に、今年は仕事が落ち着いているだけだ。……それに、葵はお前の感覚で作った花が好きらしい」

 さっきの一言を、意外と気にしてたらしい。
 ……なんだ、こいつも案外かわいいとこあるじゃん。

「そうかよ。売り上げに貢献してくれてありがたいね。タチアオイ、ピンクと赤なら、どっちが好み?」
「……赤?」
「じゃあ、赤のタチアオイをメインにしよう。一緒に入れるなら、ピンクかオレンジのバラ、それとカーネーション……。グリーンは、これとこれならどっちが好き?」

 あれこれ合わせながら、朝海の好みを聞いていく。
 迷いながらも、首をかしげつつ、一生懸命選ぼうとしていた。

「よし、じゃあこれで行こうか」

 選んだ花を見ながら、注文書にひとつずつ名前を記していく。仕上げた花束は軽くほどいて、他の花と合わせてミニブーケに仕立て、店先の花瓶にそっと並べた。
 朝海に注文書を書いてもらおうとしたら、裏口から控えめなノックが聞こえた。