雨の静かな夕方、店で母親とブーケやアレンジの予約伝票を整理していたら、見慣れた顔が入ってきた。
「藤乃、今いいか?」
「今日、葵いないけど」
「だから、今日来たんだ」
愛想も素っ気もなく傘を閉じるのは網江朝海。葵の王子様だ。
片付けを母親に任せて、カウンターを出た。
朝海は、まっすぐな背筋と、喋るときにちらりと見える八重歯が牙みたいでかっこいい――と、葵から何度も聞かされている。
そのせいで、つい話すときに口元に目がいく。
……確かに、あの八重歯は牙みたいに鋭くて。見てると、毎回ちょっと痛そうに思ってしまう。
「どした?」
「葵の誕生日のブーケを依頼に来た。あれの好きな花なら、お前が一番詳しいだろう」
臆面もなく言い切るこの男は、無愛想だし目つきも悪いし、どこが王子様なんだよって思う。でも、それを言ったところで、全部跳ね返されるのは目に見えてるから黙ってる。
葵がこいつを王子様だと言ってるし、こいつが葵のことを大事にしてるのは知ってるから、俺が口を挟むことじゃない。
「悪いけど、俺は葵の“好きな花”って、ちゃんとは知らないんだ。葵が気に入るのは、俺が俺の感覚で作ったブーケなんだよ」
「……殴っていいか?」
「お前もそうやって、ちゃんと嫉妬するんだな。だからこそ、お前が“葵に似合うもの”を選んでやってよ。俺は、その手伝いをするからさ」
朝海は無表情のまま軽く頷いて、静かに花を見始めた。
この天気じゃ客足も鈍いし、来たとしても“彼女のために花を選ぶ無愛想な(認めたくはないが)イケメン”がいるって話になれば、たいていのお姉様方は微笑ましく見守ってくれる。だから放っておく。
ちなみに、俺は葵の誕生日に花を贈ったことがない。だいたい飯を奢るか、買い物につきあってカフェに入るか。そのあたりは瑞希も、花音ちゃんに似たようなことしてるって言ってた。
今年は、どうしようか。
店先の雨水を箒で掃き出しながら、ぼんやり考える。
「朝海、お前、甘いもん平気?」
「好き嫌いはない」
「じゃあ、葵の誕生日にホテルのスイーツブッフェ予約しとくから、一緒に行ってやってくれ。俺からの誕生日プレゼントってことで」
「藤乃が行けばいいだろう」
「朝海と行くほうが喜ぶだろ」
朝海が菊を見ていたので、それは仏花だと教えて、タチアオイを見せる。
「藤乃と一緒でも喜ぶだろうに」
「……お前は嫌じゃねえの?」
「何が? 葵から見て、私とお前が違うことくらい承知している」
「ほんと、かわいげねえな。年下のくせにさ」
「私にかわいくしてほしいのか?」
「……いや、もういいや」
「藤乃、今いいか?」
「今日、葵いないけど」
「だから、今日来たんだ」
愛想も素っ気もなく傘を閉じるのは網江朝海。葵の王子様だ。
片付けを母親に任せて、カウンターを出た。
朝海は、まっすぐな背筋と、喋るときにちらりと見える八重歯が牙みたいでかっこいい――と、葵から何度も聞かされている。
そのせいで、つい話すときに口元に目がいく。
……確かに、あの八重歯は牙みたいに鋭くて。見てると、毎回ちょっと痛そうに思ってしまう。
「どした?」
「葵の誕生日のブーケを依頼に来た。あれの好きな花なら、お前が一番詳しいだろう」
臆面もなく言い切るこの男は、無愛想だし目つきも悪いし、どこが王子様なんだよって思う。でも、それを言ったところで、全部跳ね返されるのは目に見えてるから黙ってる。
葵がこいつを王子様だと言ってるし、こいつが葵のことを大事にしてるのは知ってるから、俺が口を挟むことじゃない。
「悪いけど、俺は葵の“好きな花”って、ちゃんとは知らないんだ。葵が気に入るのは、俺が俺の感覚で作ったブーケなんだよ」
「……殴っていいか?」
「お前もそうやって、ちゃんと嫉妬するんだな。だからこそ、お前が“葵に似合うもの”を選んでやってよ。俺は、その手伝いをするからさ」
朝海は無表情のまま軽く頷いて、静かに花を見始めた。
この天気じゃ客足も鈍いし、来たとしても“彼女のために花を選ぶ無愛想な(認めたくはないが)イケメン”がいるって話になれば、たいていのお姉様方は微笑ましく見守ってくれる。だから放っておく。
ちなみに、俺は葵の誕生日に花を贈ったことがない。だいたい飯を奢るか、買い物につきあってカフェに入るか。そのあたりは瑞希も、花音ちゃんに似たようなことしてるって言ってた。
今年は、どうしようか。
店先の雨水を箒で掃き出しながら、ぼんやり考える。
「朝海、お前、甘いもん平気?」
「好き嫌いはない」
「じゃあ、葵の誕生日にホテルのスイーツブッフェ予約しとくから、一緒に行ってやってくれ。俺からの誕生日プレゼントってことで」
「藤乃が行けばいいだろう」
「朝海と行くほうが喜ぶだろ」
朝海が菊を見ていたので、それは仏花だと教えて、タチアオイを見せる。
「藤乃と一緒でも喜ぶだろうに」
「……お前は嫌じゃねえの?」
「何が? 葵から見て、私とお前が違うことくらい承知している」
「ほんと、かわいげねえな。年下のくせにさ」
「私にかわいくしてほしいのか?」
「……いや、もういいや」



