君に花を贈る

「それで、葵は高校生活の三年間をかけて朝海を落としたってわけ。卒業式の少し前に、朝海がうちの店に来て、葵の卒業に花を贈りたいから花束を作ってくれって言ったんだ」
「すごい……完全に王子様じゃないですか……」

 そう言うと、藤乃さんがなぜか口をぎゅっと閉じた。

「……花音ちゃんも、そういうのされたことある?」
「ないです。花農家に花束を贈る人なんて、いないですから」
「ほしい?」
「どうでしょう。藤乃さんからいただいたシャクヤクは飾ってますけど……だから、藤乃さんがくれるならなんでも……すみません、口が滑りました」

 慌てて口を閉じたけど、もう手遅れだった。藤乃さんは顔を真っ赤にして、私を見ている。
 少し固まったあと、大きな手で口元を隠して、そっぽを向いた。

「……次の誕生日に、おっきい花束用意するね」
「できれば、取っておけるのがいいです。えっと……誕生日が近くなったら、リクエストしてもいいですか?」
「お待ちしております」

 藤乃さんは顔を赤くしたまま、バケツに染料を溶かして色水を作った。いくつか用意して、そこにかすみ草を挿していく。

「やっぱり、そういう……んー、王子様みたいなのって憧れる?」
「私はあまり……聞くのは好きですけど。ほら、私、身長があるので、そういう王子様とお姫様みたいなのは無縁じゃないですか。だから、話を聞いてときめくのが楽しいというか」
「ふうん」

 黙って色水にかすみ草やカーネーションを挿していく藤乃さんを見つめた。
 私から見れば、藤乃さんだって十分、王子様だ。
 ぶつかったときに抱きとめてくれて、迷子になった私の手を引いてくれた。
 泥だらけの大女でしかない私を「かわいい、かわいい」と言って、大事にしてくれるこの人が王子様じゃなければ、なんなのだろう。

「よし、こんなもんかな。遅くなっちゃったね。手を洗ったら、車まで一緒に戻ろう」
「……はい」

 いつか、こういうことも一緒にできたらいいな。
 そして、手を洗ったら同じ家に帰れたらいいのに。
 ……いやいや、飛躍しすぎ。付き合ってもいないのに。
 手を洗い終えた藤乃さんと、お店の裏口から一緒に出る。
 空には夕焼けの名残があって、東の空には星がチカチカ光っていた。

「あのとき……葵は、俺と理人にはなんにも言わなかったんだよね」