初夏の夕方、外に小さな雨粒が落ちはじめていた。
葵がバイトに来る予定だけど、濡れる前に着けるだろうか。
店先のブーケを店内に運びながら、急激に暗くなった空を見上げる。
じいさんは剪定を終えて帰宅して、シャワーを浴びると言っていた。親父も敷地内の低木を見終えたら、家に戻るって話だった。母親は店の車で、公民館にアレンジを教えに出かけている。雨が降る前に着いていればいいけど。
軒先にビニールの屋根を広げて、店の入り口に雨が入らないようにする。
店内の明かりを一段明るくしてカウンターに戻ったら雷が鳴った。
「うわ……っ」
びっくりして、振り返ったら棚にぶつかる。
棚の扉が軋んで、蝶番がギイギイと不快な音を立てた。
あー……嫌なこと、思い出した。
もう、二十年も前のことなのに。
雨の夕方、伯父の家にいたときのことだ。
トイレかなんかで一人で廊下に出たら伯父に呼び止められた。
「なんで、お前みたいないけすかない小僧なんか」
「お前みたいなナヨナヨした糞ガキ、顔も見たくない」
「鈴美と比べて、何の取り柄もない糞ガキのくせに」
そんな言葉を吐きながら、伯父は、まだ低学年だった俺を突き飛ばした。
トイレのドアに背中をぶつけ、蝶番が軋んだ。泣くこともできず、ただ呆然と伯父を見上げていた。
そんな思い出が、山ほどある。
外では雨がざあざあと叩きつけ、時おり雷が低く唸った。
「藤乃くん!?」
「……葵?」
気づいたときには、葵が目の前で俺を見上げていた。
「顔真っ青じゃん!とにかく座って、水飲んで!」
「……何でもないよ」
「何でもない人はそんな真っ青にならないの!」
強引に椅子に座らされて、ペットボトルを手に押し込まれた。
開ける気力もなく、ただ見ていたら、葵が代わりに開けてくれた。
「で、どしたの?」
「何でもないって。……ちょっと、嫌なこと思い出しただけ」
そう答えたら、ピンクのスニーカーが、いつの間にか脚の間に滑り込んできた。
顔を上げたら目の前に葵がいて、肩に手が乗せられる。
「葵?」
「ほんっっとうに、バカなんだから」
葵の細い手が肩に乗せられる。
ぐっと顔が近づいて、覗き込まれた。
相変わらず目がでかいな、なんて思っていたら──視界に星が散った。
「あっ痛っっ、いってえ!!」
「勢いつきすぎた。私まで痛い……」
葵は額を押さえて足元にしゃがみ込んでいる。何やってんだ、こいつは。
「バカはそっちだろ、ほんと痛え……」
「ごめんて。……鈴美ちゃんでしょ」
「……なんで?」
「藤乃くんが、そんな死にそうな顔するの、鈴美ちゃんのことだけじゃん」
葵がバイトに来る予定だけど、濡れる前に着けるだろうか。
店先のブーケを店内に運びながら、急激に暗くなった空を見上げる。
じいさんは剪定を終えて帰宅して、シャワーを浴びると言っていた。親父も敷地内の低木を見終えたら、家に戻るって話だった。母親は店の車で、公民館にアレンジを教えに出かけている。雨が降る前に着いていればいいけど。
軒先にビニールの屋根を広げて、店の入り口に雨が入らないようにする。
店内の明かりを一段明るくしてカウンターに戻ったら雷が鳴った。
「うわ……っ」
びっくりして、振り返ったら棚にぶつかる。
棚の扉が軋んで、蝶番がギイギイと不快な音を立てた。
あー……嫌なこと、思い出した。
もう、二十年も前のことなのに。
雨の夕方、伯父の家にいたときのことだ。
トイレかなんかで一人で廊下に出たら伯父に呼び止められた。
「なんで、お前みたいないけすかない小僧なんか」
「お前みたいなナヨナヨした糞ガキ、顔も見たくない」
「鈴美と比べて、何の取り柄もない糞ガキのくせに」
そんな言葉を吐きながら、伯父は、まだ低学年だった俺を突き飛ばした。
トイレのドアに背中をぶつけ、蝶番が軋んだ。泣くこともできず、ただ呆然と伯父を見上げていた。
そんな思い出が、山ほどある。
外では雨がざあざあと叩きつけ、時おり雷が低く唸った。
「藤乃くん!?」
「……葵?」
気づいたときには、葵が目の前で俺を見上げていた。
「顔真っ青じゃん!とにかく座って、水飲んで!」
「……何でもないよ」
「何でもない人はそんな真っ青にならないの!」
強引に椅子に座らされて、ペットボトルを手に押し込まれた。
開ける気力もなく、ただ見ていたら、葵が代わりに開けてくれた。
「で、どしたの?」
「何でもないって。……ちょっと、嫌なこと思い出しただけ」
そう答えたら、ピンクのスニーカーが、いつの間にか脚の間に滑り込んできた。
顔を上げたら目の前に葵がいて、肩に手が乗せられる。
「葵?」
「ほんっっとうに、バカなんだから」
葵の細い手が肩に乗せられる。
ぐっと顔が近づいて、覗き込まれた。
相変わらず目がでかいな、なんて思っていたら──視界に星が散った。
「あっ痛っっ、いってえ!!」
「勢いつきすぎた。私まで痛い……」
葵は額を押さえて足元にしゃがみ込んでいる。何やってんだ、こいつは。
「バカはそっちだろ、ほんと痛え……」
「ごめんて。……鈴美ちゃんでしょ」
「……なんで?」
「藤乃くんが、そんな死にそうな顔するの、鈴美ちゃんのことだけじゃん」



