電車で数駅揺られて、ターミナル駅に着いた。人混みに慣れてないから、改札まで行くだけでもひと苦労だ。

「花音ちゃん、大丈夫?」
「はい。でも……逸れたら困るので、その……」

 その言葉のすぐあと、花音ちゃんが人波に揉まれていった。
 慌てて手を伸ばして、花音ちゃんの手を掴んだ。

「迷子にならないように、手、繋いでていい?」
「……お願いします」

 花音ちゃんのやわらかい手をそっと握ったら、かすかに握り返されて、胸がぎゅっとなった。……持って帰りたい。

「行こうか」
「……はい」

 いつもより、ほんの少しだけゆっくり歩き出した。


 改札を抜けて、お祭りの会場へ向かう。相変わらずすごい人混みだけど、みんな進む方向が同じだから、歩くのはそこまで大変じゃない。

「そういえば、品評会ってバラのそばにいなくていいの?」
「それがですね、数年前に、バラの隣にきれいなお姉さんを立たせて票を稼いだ人がいたらしくて……。だから今回は、市の園芸サークルの方が紹介と販売を担当してくださるそうです」
「なるほどね……。俺も花音ちゃんに勧められたら、全部買っちゃいそうだし」
「ちゃんと見てくださいね?」
「……努力します」

 「もー」と笑う花音ちゃんを見ながら歩く。
 今回はお祭りの一環だから、バラの横にシールを貼るボードが用意されてて、その数で人気を競うらしい。
 市が主催してるから、優勝すると名前付きで市役所や保健所なんかの公共施設に飾られるらしくて、実績を作りたい園芸家たちで、毎年にぎわってるらしい。
 品評会用の大きな鉢に加えて、小さめの鉢や切り花も並べて売るらしくて、それも俺の楽しみのひとつだ。

 しばらく歩いて、お祭りの会場に着いた。
 バラは手前にずらりと並んでいて、ふんわりいい匂いが漂ってくる。

「花音ちゃんのは、どこ?」
「奥の方です。手前は一般の園芸家さんたちの作品で、奥に農家の出品が並んでいます」
「手前から、順に見てっていい?」
「はい! 私も他の方のバラ、見たいです」

 手をつないだまま、ゆっくりと見て回る。気になったバラがあれば、紹介文ごと写真に撮っておく。
 全部で十点ほどだったから、すぐに花音ちゃんのバラのところまでたどり着いた。

「これ、なんですけど……どう思いますか?」

 無言でそのバラを見つめた。透けるような繊細な色に、幾重にも重なる大ぶりな花弁――見事に華やかだった。

「……花音ちゃんの作るバラって、華やかだよね」
「そ、そうですか? ……そうかな……そうかも」

 この華やかなバラは、たぶん……鈴美が作るアレンジに、よく映えるんだろう。
 俺の個人的な好き嫌いと、プロとしての目線――どっちを優先するべきかって話なんだろう、きっと。

「花音ちゃん」
「は、はいっ!」
「……このバラって、他の色もある?」
「はい、たくさんじゃないですけど……」
「これさ……」

 言いかけて、花音ちゃんの顔を見る。不思議そうに首をかしげて、俺を見返してくる。
 つないだ手を、そっと少しだけ強く握ったら、花音ちゃんも同じように握り返してくれた。
 ……だから、大丈夫。

「このバラ、鈴美に紹介してもいい?」
「えっ、え……?」
「ここだと邪魔になっちゃうから、移動しようか」