半月ほど前、花音ちゃんの様子がどこか不自然だった。
 はっきり理由はわからなかったけど、何か引っかかって、瑞希に電話をかけた。
 ……そのとき、電話越しに聞こえてきたのは、「私じゃなくてもいいじゃんって思っただけ」という言葉だった。
 瑞希は冗談っぽく「藤乃が泣くぞ」なんて笑ってたけど、実のところ、少しだけ泣いた。
 どうして、そんなふうに思わせてしまったんだろう。
 俺には、花音ちゃんじゃなきゃ意味がないのに。
 翌日、バイトに来ていた葵と、たまたま一緒に来た理人にその話をすると、葵が不思議そうに首をかしげた。
 それから、前の日に、母親と三人で花音ちゃんと話した内容を教えてくれた。

「それ、完全に原因じゃないですか」

 理人がじっと葵を睨んだ。俺はその二人を交互に見て、葵は目を丸くした。

「え、なんで」
「気になってる相手のことを、他の女の子から“知った風”に話されたら、普通は嬉しくないですよ」
「……そんなつもり、なかったんだけど……」
「菅野さん、自分の顔の攻撃力にまだ気づいてないんですか?」

 その言葉で、俺も理人の指摘がようやく腑に落ちた。
 ……花音ちゃんだってかわいいのに。俺からしたら、世界で一番かわいい女の子なのに。
 葵も可愛いけど、俺の中ではまったく別の枠だ。

「……ごめん、藤乃くん」
「いや、俺に謝ることじゃないけどさ」
「藤乃くんが、初めて女の子を好きになったから……私の方が舞い上がって、余計なことしちゃった。ごめん」

 葵は唇をきゅっと結んで、うつむいてしまった。
 葵に泣かれるの苦手なんだよな……。

「気にしてるなら、次から気をつけてくれればいいよ。もう、謝らなくて大丈夫だから」
「……うん。お店の前、掃いてくる」

 箒を手にした葵は、少し肩を落としながら外へ出ていった。
 残された俺と理人は、なんとなく顔を見合わせた。

「菅野さんも、反省とかするんですね」
「お前、葵のこと何だと思ってるんだよ……」

 あまりの言い草に聞き返すと、理人からはもっと辛辣な答えが返ってきた。

「無駄に気が強くて、鉄面皮だと思ってます。学校でも、外面だけはいいから苦労してるんですよ。相変わらず僕を男除けに使うし、男子からはやっかまれるし、女子には『江里くんって、菅野さんと付き合ってるんでしょ』ってチラチラされるし……ほんと、面倒くさいんです」

 まだ、こいつらそんな関係続けてたのか……。
 俺の記憶だと、葵が理人を男除けに使いはじめたのは、小学生の頃の塾からで、理人も同じように葵を利用してた。
 まあ、なんだかんだで気が合うらしくて、高校も一緒、今も同じ大学で、しかも同じゼミ。もう腐れ縁みたいなもんだ。
 ……別に狙ったわけじゃないけど、あいつらを引き合わせたの、俺だしな……。

「まあ、菅野さんのことですし、明日にはケロッとしてると思いますよ。明日は網江さんが迎えに来るって言ってましたし」
「朝海が? なら安心だな。……で、お前は今日は何の用?」
「管理してるマンションの庭木、そろそろ入れ替えようかと思って。相談に来ました」
「へいへい。それで、どこの現場?」

 理人の祖父はマンションやアパートを何棟か持ってて、理人はその管理をバイトで任されてる。
 だから、こうして相談に来ることもあるし、逆に俺や親父が理人の祖父のところに出向くこともある。
 それはいいんだ。
 ……結局、花音ちゃんの様子が変だった理由は、分かったような、やっぱり分からないような、そんな感じだった。
 でも、「私じゃなくてもいいじゃんって思っただけ」って言葉は、やっぱり刺さった。
 そんなふうに思わせてしまったのは、男として情けない話だと思う。
 そのあと、花音ちゃんがデートに誘ってくれたのは嬉しかったけど……。
 ……でも、もう二度とあんなことを思わせないように、俺が何かしないといけない。
 何をすればいいのかは、まだはっきりしないけど。