「こんにちはー、由紀ですー」
「花音ちゃん!」

 須藤造園さんの花屋の裏口をノックすると、すごい勢いで扉が開いた。
 飛び出してきた藤乃さんは、私の顔を見て、ふっと目を細めた。

「わ、びっくりした。ヒマワリをお持ちしました」
「……ありがとう。確認するから座ってて」

 台車に乗せた箱を、藤乃さんは軽々と持ち上げる。
 すすめられた椅子に腰を下ろすと、お茶を手渡された。
 藤乃さんはバケツに水を張って、ヒマワリを一つずつ確認しながら入れていく。
 節くれだった指には、あかぎれや切り傷がたくさんあって、皮はごつごつと固そうだった。
 ……また、触れてみたいな。

「うん。問題なし。いつもありがとう」

 藤乃さんが受領書にサインを終えるのを待って、私はスマホを取り出した。

「あの、もしよかったら……これ、一緒に行ってもらえませんか?」

 バラの品評会のサイトを見つめて、藤乃さんは眼鏡の奥で目を見開いた。
 どういう感情なのか、よくわからない。

「もちろん、喜んで。……ほんとは俺から誘いたかったんだけど、先を越されちゃったな」
「……これ、私が育てたバラを出品するんです。だから、須藤さんに見てもらいたくて」
「見るよ。写真撮って待ち受けにして、一生眺めてる」

 即答する藤乃さんに思わず笑ってしまった。
 来年にはチューリップも見てほしいし、ほかにも見てもらいたい花がたくさんある。

「そこまでしなくて大丈夫です。一緒に見て、感想くれるだけで十分です。三日間開催されるんですけど、どの日がご都合よさそうですか?」
「そうだな……」

 二人でカレンダーをのぞき込んで、日にちを決めた。
 藤乃さんの横顔に目をやると、切れ長の一重の瞳を細めながら、カレンダーをじっと見つめていた。
 ……この前、鈴美さんの話をしていたときとは、まるで別人みたいな表情。
 そのまま、忘れちゃえばいいんだ。他の誰か、それも藤乃さんのことを傷つける人のことなんて。
 私は、思っていたよりずっと、性格が悪いのかもしれない。
 それを隠してニコッと笑って見せた。

「楽しみにしてます」
「俺も。……これも、デートってことでいい?」
「……いいです」

 あまりにまっすぐな笑顔が眩しくて、ちょっと意地の悪いことを考えた自分が、少し恥ずかしくなった。