部屋を出ると、いつのまにかお袋さんが救急箱を持って待っていた。

「怪我してるの?」
「今朝、鋏が手のひらに当たっちゃって」

 手を開いて見せるとお袋さんは「んー」と呟く。

「絆創膏が貼りにくいわね。下に行きましょう」

 一緒にリビングに下りて、大きな真四角の絆創膏を手のひらに貼ってもらう。ちょっと邪魔だけど、しょうがない。花音ちゃんと、貼るって約束したし。

「ごはん用意するから待っててね」
「ありがとうございます」

 でも、じっと座ってるのも落ち着かなくて、結局は配膳を手伝ったり、サラダを取り分けたりしているうちに、瑞希と親父さんが帰ってきた。

「悪いね、藤乃ちゃん。飯の支度まで手伝わせちまって」
「いえ、座ってるのも落ち着かないので」
「藤乃ちゃんなら……まあ、俺も諦めがつくさ……」

 親父さんがビールを取り出して呟く。
 ……何も言ってないのに、周りだけが勝手に納得していく……。
 瑞希を見ると既に飯を食い始めている。お前も手伝えよ……。

「藤乃も食えって。お前が終わんねえと、送ってけねえんだから」
「……そだね」

 手を合わせてごはんを食べる。
 子どものころから、なんやかんやたまにごはんを食べさせてもらってたから。実家とは違うけど、どこか懐かしい。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。うちの人たち、なーんにも言わないんだから」

 お袋さんが肩をすくめる。

「俺も家だと言わないです」
「はいはい、行くよ」

 瑞希がさっさと玄関に出ていったから、俺も軽く頭を下げて、おいとまする。
 玄関を出ると、瑞希が待っていた。一緒に並んで歩き出す。

「悪いな、わざわざ花音送ってもらって」
「役得だったし。あとは元気になってくれたら、それで十分」
「そうかよ。すっかりうちの親もそういう気だし」
「俺、花音ちゃんになんも言ってないけど」
「だよなあ。花音だって……ま、俺が言うのは野暮か」
「聞かなかったことにしとく」
「助かる」

 そのまま二人で車に乗り込み、家まで送ってもらった。
 初夏の夜空は、どこか明るい。月が冴えていて、星もちらほら光ってる。
 きれいな夜だったけど、隣に花音ちゃんがいたら――きっと、もっときれいだったんだろう。