君に花を贈る

 由紀農園に着くと、駐車場で花音ちゃんのお袋さんが待ち構えていた。

「ごめんなさいね、藤乃くん。わざわざ送ってもらっちゃって。やあね、真っ赤じゃないの」
「いえ、こちらこそ、いつもお世話になってます。瑞希は?」
「手が離せなくてね。悪いけど、花音を部屋まで運んでもらえる?」
「……さすがに、部屋まで入るのは気が引けますけど……」
「母親が良いって言ってるのよ。それに藤乃くんは熱を出している花音に手を出すのかしら?」
「そう言われたら断れませんね。花音ちゃんに嫌われたら、責任とってくださいよ」
「任せておいて」

 車の鍵をお袋さんに返してから、花音ちゃんを抱き直す。

「ごめ……なさ……」
「いいよ。落とすといけないから、ちゃんと掴まっててね」
「はい……」

 寝てたからか、花音ちゃんの体はますます熱くて、まるでこのまま溶けちゃいそうなくらい汗をかいてた。
 落とさないように慎重に抱えて、お袋さんのあとを付いていく。

 由紀さんの家に上がって、二階の花音ちゃんの部屋に通してもらう。
 あんまりキョロキョロしないようにしつつ……なんか、いい匂いするし。俺があげたシャクヤクのドライフラワーとか、一緒に行った展覧会の目録まで飾ってあって……。

「花音ちゃん? 下ろすよ」
「……はい」

 花音ちゃんをそっとベッドに寝かせる。
 真っ赤な顔のまま、ぐったりと倒れ込んでしまって……見てるだけで胸が痛む。

「ありがとうね、藤乃くん。良かったら夕飯食べていって。須藤さんには私から連絡するし、瑞希にも一緒に食べさせてから送らせるから」
「……ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいます」

 お袋さんに頭を下げて、ベッドを離れようとしたとき、何かに引っかかる。
 振り返ると、花音ちゃんが俺のズボンの膝あたりを掴んでいた。
 ベッドの横にしゃがみこんで、花音ちゃんの顔を覗き込む。熱でとろんとした目で見つめられて……いつか、風邪じゃないときに、そんな目で見てくれたらいいのに、なんて思ってしまった。
 余計な気持ちは押し込めて、できるだけやさしく声をかけた。

「花音ちゃん、俺、そろそろ行くね。ゆっくり休んで」
「ありがと……ございました……。ばんそこ……貼っていって……」
「ばんそこ……絆創膏?」
「手……怪我してるでしょ、藤乃さん……」

 一瞬、なんて返せばいいかわからなかった。
 朝、手のひらに鋏を刺したところが、気づいたら血豆になっていて痛かった。
 でも忙しかったし、手のひらなんて絆創膏したら邪魔だから放っておいた。
 こんなに熱があって苦しそうなのに、そんな俺の手を気にしてくれたのかと思うと、胸が詰まって言葉が出てこなかった。

「……ありがとう、花音ちゃん。ちゃんと絆創膏貼るから、花音ちゃんもしっかり休んで。おやすみ」
「うん」

 花音ちゃんがそっと目を閉じたのを見届けて、ゆっくり立ち上がった。