夕方、バイトに来た葵に店を任せて、店の倉庫の花の手入れをしていたらエンジン音がした。急いで駐車場に向かうと、やっぱり花音ちゃんだった。俺に気づいて、小さく手を振ってくれる。

「須藤さん、お待たせしました。クレマチスとアジサイ、お持ちしました」
「ありがとう、花音ちゃん。……あれ、顔、赤くない?」

 花音ちゃんの顔が、やけに赤い。夕日に照らされてるからかとも思ったけど、それにしたって真っ赤だし、目が潤んでいる。

「……ごめん、ちょっとおでこ、触るよ」
「はい……?」

 しっとり、というか、じっとり熱くて……これは完全に熱がある。

「花音ちゃん、ちょっとごめんね。嫌だったら、元気になったときに文句言って」
「ふえ?」

 うつろな目で首をかしげる花音ちゃんの脇と膝裏に手を差し込む。
 脚と腰に力を入れて、持ち上げると小さく悲鳴が上がった。

「おとなしくしてて」
「え、あの、なんで……?」
「けっこう熱あるよ。自分じゃ気づかなかった?」
「……なんか寒いなあって思ってました」
「とにかく事務所まで運ぶから。ちゃんと掴まってて」
「はあい」

 いつもより低くて、やわらかく溶けるような声が耳元に落ちた。
 そわそわはしてるけど、それどころじゃない。苦しそうな息づかいとか、ぼんやりした目つきとか、熱い体をなるべく意識しないようにして、揺らさないように気をつけながら、大事に抱えて事務所へ向かう。

「葵! タオル、濡らしてきて!」
「なに? えっ、花音ちゃん? どうしたの?」
「納品に来てくれたんだけど、すごい熱あってさ。椅子、背もたれ倒して。ありがと」

 椅子の背もたれを倒して、花音ちゃんをそっと座らせる。葵が持ってきた濡れタオルを額にのせた。

「俺は花音ちゃんの家に連絡して、花を運んでくる。葵は母さん呼んで。今、奥で親父と一緒に庭木の手入れしてるから」
「わかった」

 葵が裏口から飛び出していく。俺はスマホで瑞希にかける。
 瑞希は二コールで出てくれた。すぐに状況を伝える。

「マジかよ、えー、どうしよっかな」
「今日の配達は終わってる?」
「うん。基本的にお前んとこを最後にしてるから、他はもう大丈夫」
「じゃあ、俺が送っていくから。帰りはお前が俺を連れて帰って」
「悪い。こっちはなんとかしとくから、出るときに連絡くれ」
「わかったよ。お義兄さん」
「きめえなあ……」

 電話を切って顔を上げると、母親が来ていて、花音ちゃんの額に冷却シートを貼っていた。

「お店は私と葵ちゃんで見てるから、花音ちゃん、送ってあげて」
「親父のほうは?」
「もうほとんど終わってたから大丈夫。お義父さんがちょうど戻ってきたしね」
「……親父とじいさんで補修やってんのか。喧嘩してない?」
「放っときゃいいのよ。花音ちゃんが持ってきた花は……あ、葵ちゃんがやってくれてるのね。なら大丈夫。ほら、行った行った。由紀さんとこ出るときに連絡して」
「ありがと」