初夏の早朝。母親と市場から戻ってきて、鼻歌まじりに店先を掃き、箒をしまう。
 注文のブーケを仕上げて、ついでに店頭用のアレンジも作るか……そんなことをぼんやり考えていたら、鋏で手をやってしまった。

「痛っ……」

 手のひらを見たら、赤くなってるだけで血は出てなかった。まあ、これくらいならいいか。
 花音ちゃんとの初デート以来、我ながらずっと浮かれ気味だった。
 葵にも母親にも呆れられたけど、それでも、俺は気にしてなかった。

 ……鈴美に花音ちゃんのことを聞かれて、思わず声を荒げそうになった。
 鈴美の父親……伯父に散々罵倒されたことを思い出して、花音ちゃんまであんなふうに言われたらと思うと、胸がざわついて、じっとしていられなかった。
 でも、キレ散らかす前に花音ちゃんが止めてくれたから、怒鳴らずに済んで、せめて作品の感想だけは伝えられた。
 鈴美の顔は見られなかったけど、それでも、俺からすれば進歩だと思う。
 その後もずっと手をつないでてくれて、帰りにはまた一緒に出かけようと言ってくれた。
 星の明かりだけが照らす夜空の下で、俺を見つめる花音ちゃんは本当にきれいだった。気づけば、顔を寄せかけていた。
 あの一瞬を、そのまま額に入れて飾っておきたいくらいだった。
 終わりが名残惜しくて、最後まで情けなかったかもしれないけど。
 これで浮かれずにいられるかって話だ。無理。足元がふわふわして、ほんと、物理的に浮きそうなくらいだった。帰りに事故らなかったのが奇跡みたいなもんだ。
 それに今日は、デート以来初めて花音ちゃんが納品に来るって言ってた。
 お茶とお菓子も用意したし、店もちゃんと片づけた。楽しみだ。