君に花を贈る

 ギリギリセーフ! なんとか間に合って、はじけた花束と、それを抱えていた人ごと支えるように受け止めた。
 花も崩れていないし、相手もケガはなさそう。

「……は、はいっ……すみません……!」

 色とりどりのラナンキュラスの向こうから顔をのぞかせたのは、目を丸くした女の子だった。黒いキャップに見覚えがある。瑞希にそっくりな、すっと通った鼻筋と長いまつげの二重まぶた。寒さに染まった頬はりんごみたいに赤くて、小さな口がぎゅっと結ばれている。

「……花音ちゃん、か?」
「えっ、あの……なんで名前……?」

 花音ちゃんは、俺の腕の中で小さく首をかしげた。肩に触れた髪から、花と草と土が混ざった、いい匂いがふわりと漂う。

「さっき瑞希に、行方不明だから探してこいって頼まれてさ。一緒に戻ろっか」
「兄をご存じなんですか……? あ、すみません、支えていただいて……」
「……あ、うん。こっちこそ、ずっと支えっぱなしでごめん」

 慌てて手を放す。
 ほんの少し、腕がひんやりした気がした。

「ごめんなさい、重かったですよね」

 申し訳なさそうに眉を下げる顔を見て、思わず声が漏れた。

「そんなことないよ。庭石持つより、ずっと軽かった」
「……なんですか、それ」

 くすっと笑って、花音ちゃんが前を向いた。

「そっちじゃないよ」
「え、あれ……?」
「こっち」

 花音ちゃんの、だぼっとした袖口を指先でつまんで引く。
 人の波の中を、二人で言葉もなく並んで歩く。

「あの……そのチューリップ、うちのものですか?」

 もう少しで瑞希のところに着く、そんなときに花音ちゃんが声を上げた。俺の腕には瑞希にもらったチューリップが袋に入って下がったままだ。

「うん。さっき瑞希がくれた。試作って」
「……それ、どう思われましたか?」

 不安そうに視線を向けてくる花音ちゃんに、そんなに怯えるような目をしないでほしくて、できるだけやさしく答えた。

「すごく素敵だと思う。形が華やかで、花びらの縁がレースみたいに波打ってて、かわいらしい。ブーケにもアレンジにも映えると思う。発色もきれいだし……うちの店で扱えたらいいな」

 ……母親が首を縦に振れば、だけど。まあ、これだけ良い花なら、きっと大丈夫だろう。あとで瑞希に、色のバリエーションも聞いておこう。

「……そうですか。よかった……」

 花音ちゃんが、ふわっと笑った。華やかで、どこかあどけなくて。赤く染まった頬と唇が、やけにきれいに見えた。

「そのチューリップ、私が育ててるんです。まだ安定しなくて……でも、そう言っていただけたなら、もっと頑張れそうです」

 にこっと笑った花音ちゃんが、ふっと視線を外す。目で追うと、少し離れたところで瑞希が手を振っていた。

「あ、瑞希……ありがとうございました。わざわざ、連れてきてくださって」

 花音ちゃんは軽く頭を下げて、離れていった。
 気づけば手が伸びていて、彼女の服の裾をつまんでいた。
 花音ちゃんが、不思議そうに振り返る。

「その……チューリップ、花音ちゃんみたいに素敵だから……育つの、楽しみにしてる」
「……っ、な、なんですか、それ……」

 ……いやほんと、俺、何言ってんだ。
 手を離すと、花音ちゃんは眉を下げて行ってしまった。
 頭を抱えたいけど、市場のど真ん中だ。瑞希が手を振ってるのに気づいて、軽く手を上げて、くるっと背を向ける。
 ……母親探さなきゃ。
 手に下げてたチューリップを、そっと胸の前に抱き直す。

 一通り仕入れを終えたら、トラックに戻る。
 帰りは母親の運転で、俺は助手席。市場の近くで買った朝飯をのんびり食べた。

「プリザーブドフラワー用の保存液って、まだあった?」
「あるけど、使うなら残量見といて。減ってたら、他の資材と一緒に注文しておいてね」
「はいはい」