ある日の夕方、温室で苗の成長を記録していたら、外から声がかかった。
 振り返ると、藤乃さんが手を振っていた。慌てて温室を出る。
 今日の藤乃さんは薄手のウインドウシェルに黒いスラックス。中には白いワイシャツを着ているんだと思う。花屋さんのときの制服だ。

「こんにちは。いかがなさいましたか?」
「こんにちは。駅前の改修で街路樹と花壇を任されてるって言ったよね? あれの説明会が明後日でさ、由紀さんのところで用意できる花を確認しに来たんだ。親父さんに聞いたら、苗は花音ちゃんが管理してるって言うから、来ました」
「はい、えっと、ちょっと待ってくださいね」

 手元のタブレットで、須藤さんから依頼されていた花の一覧を表示する。

「こちらの温室です」

 種類が多いから、この温室をまるごと専用にしてある。藤乃さんを案内して、リストと照らし合わせながら、依頼されていたものが全てあるか、一緒に確認していく。

「うん、全部そろってる。ありがとう。説明会が終わって承認が下りたら、正式に発注するね」
「はい、お待ちしてます」
「それと……これは、仕事とは別の話なんだけど」

 藤乃さんの顔が真面目なものから、少し照れたみたいな顔になった。
 そのまなざしがどこか熱を帯びていて、息をのんだまま言葉が出なかった。

「来週辺り、デートしませんか? その……夏が終わる前に」
「はい、行きましょう。行きたい場所はありますか?」
「ここなんだけど……」

 藤乃さんがスマホの画面を差し出してきた。そこには、隣県にあるガーデンカフェのサイトが映っていた。

「花音ちゃん、ハーブが気になるって言ってたでしょ。ここ、ハーブ系のメニューが豊富で、ハーブ園も併設してるんだって。苗を買うこともできるらしいんだけど……どうかな」

 スマホから目を離し、思わず藤乃さんを見上げた。
 ……あのとき言ったこと、ちゃんと覚えてくれてたんだ。
 それで、こんな場所までわざわざ探してくれたんだ……。

「ありがとうございます。行きたいです」
「……良かった。じゃあ、日程はいつがいい?」

 二人でカレンダーアプリを開いて相談する。それぞれ予定を登録して、藤乃さんを見送る。

「……楽しみにしてます」

 遠ざかる背中に向かって呟いた。