「……なにしてんの?」
「おう、藤乃。代われ」
「え、うん。代わるけど……何してたのさ」
「僭越ながら、夜ごはんの用意をお手伝いしてました。おじいさん、お料理じょうずなんですね」
「桐子さん一人に任せるわけにはいかんからな。うちの男どもは全員ばあさんから仕込まれとるよ」
「じゃあ、藤乃さんも?」

 花音ちゃんが微笑んでこちらを向く。
 さらりと流れる髪から、俺と同じシャンプーの匂いがふわっと香った。

「……いや、俺は教わってないんだ。俺が高校に入るくらいにばあさんは出てっちゃったから。大学のときに一人暮らししてたのは言ったよね? そそのときに理人と一緒に料理や家事をするようになって、そこから少しずつ……まあ、最低限はできるかなって感じ」

 花音ちゃんの手元では肉が広げられている。

「何作ってたの?」
「カレーです! おじいさんから“体が冷えたときはカレー!”って聞いたので」

 それ、じいさんが食べたかっただけだろ。
 まあ、花音ちゃんが作ってくれるカレーなら、ありがたくいただくけど。

「何すればいい?」
「お野菜はおじいさんが切ってくださったので……あ、カレールウってどこにありますか?」
「こっちの棚。花音ちゃん、辛さはどれくらいがいい? 中辛と辛口とあるし、甘口はないけど、あんまり辛いのが得意じゃなければハヤシライスのルウもあるから、中辛のと混ぜればマイルドな味になるよ」
「……こんなに種類があるんですね」

 カレールウを何箱か並べると、花音ちゃんがぽかんとした顔になった。
 俺にはこれが普通だけど、そういえば一般的にはそうでもないのか。

「うん。母親があれこれ試したい人で、美味しそうだったから、とかいっていろいろ買ってくるんだよね」
「そしたら、中辛のこれとこれをお願いします」
「了解」

 花音ちゃんが肉を切る間に鍋を出す。
 油を引いて火にかける。米はじいさんが炊飯器にセットしてくれていたから大丈夫。サラダもあったほうがいいかもしれない。
 隣を見ると、温まった鍋に花音ちゃんが肉を入れていて、底からジュウジュウと音が立っていた。
 まな板と包丁を受け取って洗っていると、なんだか夫婦みたいで、思わずニヤけてしまう。
 花音ちゃんが手際よく肉を炒めたり野菜を鍋に足しているのを見ると、もうダメだ。顔がゆるみきってるのが、自分でもわかる。