「……えっ!?」
「す、すみません、お借りしてます……」
「え? あ、ごめっ、失礼しました!!」

 とにかく廊下に出る。
 洗面所の扉の横にもたれて、そのまましゃがみこんだ。
 えっ、なに? 夢か?
 ……まさか、俺と結婚してたっけ?
 いやいや、そんなわけ……え?
 花音ちゃんが、たぶん俺の白いシャツを着て、ドライヤーを片手に鏡に向かっていた。
 下に何を履いてたかはわからない。
 え、履いてたよね? 何かしら……。
 混乱していたら洗面所の扉が開く。
 しゃがんだまま見上げると、ほっぺたを赤くした花音ちゃんがゆっくり出てくる。

「お待たせしました」
「あ、いや……、えっと、なんで……?」

 我ながら間抜けというか、なんというか。
 もう驚きすぎて、まともに言葉が出てこなかった。
 洗面所から出てきた花音ちゃんは、俺の部屋着のシャツとウニクロのステテコ姿で、少しぶかぶかしていて……まあ、正直に言えば、すごく色っぽかった。
 いつもは見えないふくらはぎが白くて、袖から伸びる腕は細い。普段は結んでる髪が乾かしたばかりでふわっとしている。

「急な土砂降りで、帰り道の道路が冠水しちゃって。それで、私もびしょ濡れだったので、泊まっていけばって須藤さんが言ってくださったんです」
「なるほど……」
「藤乃さんもビショビショじゃないですか。私が言うのもなんですけど、シャワー浴びてらしてください」
「……うん」

 まだ少し混乱はしていたけど、とにかく洗面所に入った。
 扉を閉める直前、花音ちゃんが笑顔で「いってらっしゃい」と見送ってくれて、心臓が変な音を立てた。
 濡れた服を全部脱いで洗濯機に突っ込むと、中はすでにいっぱいだった。とりあえず回して、そのまま浴室に入った。

「はあ……びっくりした」

 体を洗ってから浴槽の蓋を開けたら、湯が張ってあった。ゆっくりと沈み込む。
 耳のあたりまで浸かって泡を立てながら、ふと気づく。……これ、花音ちゃんが入ったお湯? いや……だめだって。何考えてんだ、俺。……変態かよ。
 しばらく悶々としてから湯を出た。
 部屋着に着替えて髪を乾かし、洗面所を出ると、台所の方から話し声が聞こえた。
 覗いてみると、花音ちゃんとじいさんが並んで料理していた。網戸がガタピシとうるさくて、会話の内容までは聞こえない。