「……もう、わかりました。でも今日はありがとう。お二人の意見を参考にして、もっと使いやすいものにしてみせます。いつか、このお店にも置かせてね」
「俺がいいと思えたらね」

 そっけない藤乃さんの返事に、女性は苦笑いしながらトランクケースに手を伸ばした。

「須藤くん、彼女さんにはどれが一番似合うと思う?」
「これ。藤のピアスの大きい方」
「独占欲強すぎてちょっと引いちゃう。私には無理。じゃあ、これは彼女さんに差し上げます。お近づきの印ってことで」
「はあ……」
「そういうことなら断りたいんだけど」

 嫌そうに言う藤乃さんに、女性はにっこりと微笑んだ。……さっきの葵さんの笑顔に、少しだけ似てる。なんだか、強そう。

「由紀さんのお花が良い品なのを須藤くんから教えてもらったからね。お付き合いのほど、お願いしたく」
「……えっと、はい。ありがたく、いただきます」
「花音ちゃんがそう言うなら、俺は何も言わないけど」

 「面白くはない」とは言わなかったけれど、そんな顔をして藤乃さんは引き下がった。
 女性は、今度こそトランクケースを閉じて帰っていった。

「私にはくれなかったなあ」

 葵さんが唇をとがらせる。

「お前は朝海に買ってもらえ。花音ちゃんは車まで送るね。葵、ちょっとだけ店、頼むな」
「はあい。ママさん呼ぶ?」
「そんなにかかんねえよ」

 今日は、お店の正面から出る。
 藤乃さんは仕事中だから手はつなげないけれど、こうして並んで歩けるだけで、私は十分だった。

「今日はありがとう、花音ちゃん」
「いえ、お役に立てましたか?」
「もちろん。もらったピアス、つけたら見せてね」
「はい。一番にお見せします」

 車に乗って、少しだけ窓を開ける。藤乃さんを見上げると、丸い眼鏡の奥の目が、やさしく細められていた。

「じゃあ、また」
「うん。気をつけて帰ってね」

 本当は名残惜しかったけれど、結局、口にできたのは普通の挨拶だけだった。
 ……いつか、特別な言葉を交わせるようになれるのかな。
 それがどんな言葉かは、まだわからないけれど。