二日後、ピアッサーをポケットに入れて、須藤さんの敷地の端にある花屋さんの裏口をノックした。
「はーい、いらっしゃい。花音ちゃん」
もう閉店時間を過ぎていて、お店の中は暗い。カウンターのこちら側だけに、灯りがともっていた。
すでにバケツが用意されていたので、一緒に花を運び、藤乃さんの確認を待った。受領書にサインをもらい、そのかわりにピアッサーを差し出す。
「お願いします」
「……うん」
「すみません。勝手に決めちゃいましたけど、嫌なら断ってもらって大丈夫です」
「や、嫌ではないんだけど……人間の体に穴を開けるの、怖いよね……」
「じゃあ、自分で開けますね」
そう言ってピアッサーを返してもらおうとしたけれど、藤乃さんは手をぎゅっと握りしめていた。
「花音ちゃんが、俺に開けてほしいって言ったんだし……やるよ。やらせて」
「……お願いします」
勧められた椅子に座る。
藤乃さんが私の正面に屈んだ。
ピアッサーがそっと耳元にあてられる。耳たぶに、ひやりと冷たい針先が触れた。
「開けるね」
息を潜めたような小声で、藤乃さんが囁いた。
「はい」
思わず私まで声を潜めてしまう。
ガチャン、と乾いた音がして、耳たぶに鈍い痛みが走った。
「だ、大丈夫……?」
藤乃さんのほうが痛そうな顔で覗き込んでくるものだから、つい笑ってしまった。
「全然大丈夫です。反対側も、お願いします」
「うん……」
不安そうな顔のまま藤乃さんはもう一つのピアッサーを私の耳に当てる。またガチャンと音が響いて、同じように耳たぶに鈍い痛みが走った。
「できたけど……本当に大丈夫?」
「大丈夫です。ただ、これって外せるまで一ヶ月くらいかかるみたいで……。だから、週末に新しいものをいただいても、すぐには試せないんです」
「そうなんだ? まあ、見た目とか、それっぽく言っておけば大丈夫じゃない?」
「わかりました。ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なに?」
「その人に、大学のときでも今でも、ちゃんと告白されたら……付き合いますか?」
「ううん。絶対に付き合わない。その子の……無神経なところが苦手だし、今は好きな子がいるから」
藤乃さんは屈んだまま熱っぽい瞳で、まっすぐに私を見上げている。
それがどういうつもりなのかわからないほど、子供じゃない。
「藤乃さん」
「……うん」
「えっと……ちゃんと、言ってほしいです。何が言いたいのか、たぶんわかってます。でも……ちゃんと、言ってくれたら嬉しいです。断ったりしませんから」
「わかった。準備していい?」
「はい。楽しみにしてます」
藤乃さんは立ち上がって、手を差し出した。私がそっと重ねると、優しく握り返された。
「車まで送るね」
「はい」
手を引かれて、ゆっくりと立ち上がった。
お店の裏口から出て、いつもより少しだけゆっくりと車まで歩いた。
別れ際、特に言葉を交わしたわけではないけれど、名残惜しそうに手が離れて、それだけで私は十分幸せだった。
「はーい、いらっしゃい。花音ちゃん」
もう閉店時間を過ぎていて、お店の中は暗い。カウンターのこちら側だけに、灯りがともっていた。
すでにバケツが用意されていたので、一緒に花を運び、藤乃さんの確認を待った。受領書にサインをもらい、そのかわりにピアッサーを差し出す。
「お願いします」
「……うん」
「すみません。勝手に決めちゃいましたけど、嫌なら断ってもらって大丈夫です」
「や、嫌ではないんだけど……人間の体に穴を開けるの、怖いよね……」
「じゃあ、自分で開けますね」
そう言ってピアッサーを返してもらおうとしたけれど、藤乃さんは手をぎゅっと握りしめていた。
「花音ちゃんが、俺に開けてほしいって言ったんだし……やるよ。やらせて」
「……お願いします」
勧められた椅子に座る。
藤乃さんが私の正面に屈んだ。
ピアッサーがそっと耳元にあてられる。耳たぶに、ひやりと冷たい針先が触れた。
「開けるね」
息を潜めたような小声で、藤乃さんが囁いた。
「はい」
思わず私まで声を潜めてしまう。
ガチャン、と乾いた音がして、耳たぶに鈍い痛みが走った。
「だ、大丈夫……?」
藤乃さんのほうが痛そうな顔で覗き込んでくるものだから、つい笑ってしまった。
「全然大丈夫です。反対側も、お願いします」
「うん……」
不安そうな顔のまま藤乃さんはもう一つのピアッサーを私の耳に当てる。またガチャンと音が響いて、同じように耳たぶに鈍い痛みが走った。
「できたけど……本当に大丈夫?」
「大丈夫です。ただ、これって外せるまで一ヶ月くらいかかるみたいで……。だから、週末に新しいものをいただいても、すぐには試せないんです」
「そうなんだ? まあ、見た目とか、それっぽく言っておけば大丈夫じゃない?」
「わかりました。ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なに?」
「その人に、大学のときでも今でも、ちゃんと告白されたら……付き合いますか?」
「ううん。絶対に付き合わない。その子の……無神経なところが苦手だし、今は好きな子がいるから」
藤乃さんは屈んだまま熱っぽい瞳で、まっすぐに私を見上げている。
それがどういうつもりなのかわからないほど、子供じゃない。
「藤乃さん」
「……うん」
「えっと……ちゃんと、言ってほしいです。何が言いたいのか、たぶんわかってます。でも……ちゃんと、言ってくれたら嬉しいです。断ったりしませんから」
「わかった。準備していい?」
「はい。楽しみにしてます」
藤乃さんは立ち上がって、手を差し出した。私がそっと重ねると、優しく握り返された。
「車まで送るね」
「はい」
手を引かれて、ゆっくりと立ち上がった。
お店の裏口から出て、いつもより少しだけゆっくりと車まで歩いた。
別れ際、特に言葉を交わしたわけではないけれど、名残惜しそうに手が離れて、それだけで私は十分幸せだった。



