君に花を贈る

 藤乃さんは戸を開けて、そっと押さえてくれた。
 外に出ると、藤乃さんがゆっくりと後ろをついてきた。
 何か言わなきゃって思うけど、何も思いつかない。
 なんとか言葉が出たのは、トラックのところで鍵を取り出したときだった。

「そういえば、先日お渡ししたチューリップって、ブーケとか何かにしたんですか?」
「あれね、プリザーブドフラワーにしてるよ」

 藤乃さんはニコッと笑ってスマホを取り出した。
 ……待ち受けが、私が育てたチューリップの写真だった。
 思わずじっと見つめてしまったら、藤乃さんは照れくさそうに、はにかんで笑った。
 いちいちかわいいの、なにこの人……!

「手を加えると長持ちはするけど、やっぱり咲いたばかりが一番きれいだから、残しておきたかったんだ。今は乾燥させてて……」

 差し出されたスマホの画面には、チューリップの写真がずらりと並んでいた。
 最初の日付が、その日の朝。きっと持ち帰ってすぐに撮ってくれたんだと思う。
 そこから、脱色液に浸している写真、色づけしている写真、乾燥を始めた写真まで――。

「……ありがとうございます、ほんとに」
「なにが?」

 思わず呟いたお礼に、藤乃さんが首をかしげる。

「大事にしてくれて……。あのチューリップは、私がどうしても売りたくて、父に頼み込んで、やっと育てさせてもらった花なんです。だから、それを大事にしてもらえるのが、本当に嬉しくて」
「するよ、もちろん」

 そう笑った藤乃さんは、やっぱり“男の人”って感じで、すごくかっこよかった。
 当たり前だけど、やたらとドキドキする。

「由紀さんちの花がいいものだってのは前から知ってたけど、あのチューリップは本当にきれいだったから、大事にしたいって思ったんだ。それに、すごく丁寧に育てられてるってわかったよ。瑞希がすすめてくれた花だし、きっと間違いないって」

 胸のドキドキの中に、ちくっと小さな針が刺さった気がした。
 花を信じてもらえたのは、私じゃなくて、お父さんと瑞希の努力のおかげなんだ。

「だからね、花音ちゃん」

 藤乃さんは一度、少し遠くを見て、それからまた、まっすぐ私に視線を戻してきた。
 思わず、背筋を伸ばしてしまう。

「楽しみにしてる。君が育てる花が、どんなものなのか」
「はい。ご期待に添えるような花を、お届けします」
「うん。頑張って」

 藤乃さんの手が、そっと伸びてきた。
 けれど、私に触れる寸前で止まった。

「ごめん、つい癖で」
「……撫でてくれても、いいんですけど」
「えっ」
「すみません、口が滑りました。失礼します」

 これ以上何か言いそうで怖くなって、あわてて運転席に乗り込んだ。
 軽く会釈すると、藤乃さんは変わらず笑顔で手を振ってくれた。
 少し悩んでから、私も小さく手を振り返す。
 車を走らせても、藤乃さんの姿はサイドミラーに小さく映ったままだった。