性、喰らう夢



 一通り話し終えると、依央は少しだけ考え込んだ後に、



「すごいな、それ」



と驚きと呆れが混じったような声を発した。私は何も言えずに、ただ黙って少し先にある砂埃を見つめていた。彼の口調の中に見え隠れする戸惑いが、その場の気まずさをさらに加速させる。

 依央はそんな私を横目に、また少しだけ黙り込んでから、そっとその唇を動かしていく。



「お前は結局、どうなりたいの?」



 どうなりたい、という依央からの問いかけが、あまりピンとこなかった。

 これまでずっと、目の前にある欲を満たすだけの生活をしていたものだから、自分自身の生活とか、ないしは人生の先々について考えようとしたことがほとんどなかったのだ。

 夏目先輩のところで眠って、祥平のところでご飯を食べて、たまに綾人くんのところに行く生活に満足しているわけでもないが、特段不満に思っているというわけでもなかった。



「強いて言うなら、幸せになりたい気がする」



 そんな言葉を発してすぐに、自分の回答が至極曖昧であることに気付いた。あ、そういうことじゃないよね、とその言葉を撤回しようとすると、依央は、別に良いんじゃない、と言って肯定してくれた。



「けど、今のこの状況は、幸せとは遠いんじゃないか」

「……依央は、幸せって何だと思う?」

「難しいこと聞くなよ」



 ごめん、と言いながらまた私たちの間に沈黙がほとばしる。すると依央は、頭を掻きながら、



「いや、幸せの定義って難しいけど、幸せだって思う瞬間って、その瞬間になれば実感できる気がするのって、俺だけ?」

「その時になればわかるってこと?」

「俺はそう思ってるけど」



 そっか、と言って、私は彼の言葉を咀嚼した。彼曰く、幸せは定義するものではなく、その瞬間に感じるものらしい。私はそんな瞬間に立ち会ったことがないからよくわからないけれど、依央が言うならそれで合っているような気もする。

 それから私たちは、その場で黙ったまま座り込んでいた。私も依央も、その場を動こうともしなかったけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。