性、喰らう夢





 暗闇の向こう側で、夏目先輩の声がした。



「もうそろそろ、起きる時間だよ」



 頬に触れる手の感触で、私の意識は徐々に現実へと引き戻される。

 うっすらと目を開けて、少しずつ目の焦点が定まってくると、夏目先輩が、愛おしそうな表情を浮かべて、私の顔を覗き込んでいるのがわかった。


 よかった。やっぱり、このひとといると、眠ることが怖くない。

 身体の調子が朝よりも良くなっていた。寝ぼけ眼をこすりながら、腕の力を使ってゆっくりと起き上がる。窓の外はすっかり暗くなっていた。


 夏目先輩はすでに帰る準備を整えていた。彼は、良いよ、と言って私からブランケットを受け取って、手早くそれを片付けた。



「寝足りなかった? いつにも増してぼうっとしてる」



 夏目先輩は乱れた私の髪の毛を整えながら、私の瞳の奥をじっと見つめてきた。私は先輩から目を逸らした。



「大丈夫です」

「あそ。じゃあ、鍵閉めるから出て」



 先輩は生徒会室の電気をぱち、と消した。廊下に出ると、少しだけひんやりとした空気を肌に感じた。



「帰りは? 送っていこうか?」

「今日は、結構です。いつもすみません」

「わかった。あと、職員室に鍵返すから、ついでにそのスリッパも返してくるよ」



 だからそれ、脱いで、と言って先輩は、私の履いているスリッパを指差した。私は夏目先輩に言われるがままに、足から緑色のスリッパを抜いて、それを先輩に渡した。



「じゃあ、気を付けて」



 夏目先輩はそれだけ言うと、颯爽とその場から立ち去った。先輩の姿が遠くなったのを確認してから、私もゆっくりと歩き始めた。