私は彼から身体を離した。鏡越しに彼はこちらをちらりと見て、何か言いたそうな顔をしてきたが、彼の口から言葉が発せられることはなかった。
そのうち彼も一連の儀式を終える。ふたりで部屋に戻って、小さいテーブルをはさんだ状態で、私と綾人くんが向かい合わせになる。
彼はコンビニのビニール袋から、お茶のペットボトルを取り出して、こちらに渡してきた。
買ってもらった覚えのないそれに困惑した様子を見せると、綾人くんは、それお前にやるから、と言った。ありがとう、と受け取ると、彼は何も言わずにまたビニールの中身を漁った。
そして、私が頼んだゼリー飲料を袋から取り出した彼は、自分の手に持ったそれをすこし眺めてから、なぜかそれをビニール袋に戻した。
綾人くんの行動の意図がわからず、またも頭が混乱した。さらに、彼はフィルムに包まれた鮭のおにぎりを、私の目の前に置いて言った。
「これ、食ってくんない」
「え、でも私、さっき……」
そっちの方が良いって言ったんだけど、と言いかけて、私は言葉を詰まらせた。目の前にいる彼の顔がひどく歪んでいて、恐ろしかったからだ。
私は目の前に置かれたおにぎりを手に取ってみる。彼に見られているというのもあるし、そもそも私はあまりお米が得意ではないので、食べる気にならなかった。味が嫌いというわけではないが、食後、胃にずっしりとたまる感じが苦手なのだ。
「……後で絶対食べるから、持ち帰っちゃだめ?」
「ここで食えよ」
「……」
そこまでして、自分の目の前で食べ物を食べさせたがる彼の神経がわからなかった。せめて、そっちのゼリー飲料だったらよかったのに。それなら、私は何とかして、口にそれを詰め込んで嚥下して見せるのに。
その場で固まる私を見て、彼の表情がすこしずつ暗くなっていく。


