◇
「ねえ、そろそろ時間だよ」
閉じられた瞼の向こう側から、夏目先輩の声が響いてくる。少しずつ、私の意識は外へと向けられる。
ゆっくりと目を開けると、夏目先輩がこちらを覗き込んでいるのがぼんやりと見えた。何度か瞬きをすると、彼の姿はより明瞭になる。
「せんぱい……」
「どうしたの? 嫌な夢でも見た?」
夏目先輩は、さっきまでのことがまるでなかったかのように振舞っている。何だか不思議な気持ちになったけれど、先輩からそうしてくれるのはむしろありがたかった。
先輩の問いかけに対して頭を横に振ると、彼はそっか、と言いながら私を起こして、乱れた髪の毛をいつもみたいに直してくれた。
ブランケットを握りしめながら、ぼーっと宙を見ている私に、夏目先輩が話しかけてくる。
「さっき、きみのロッカーを見に行ったよ」
「あ……」
私は喉の奥が詰まったような苦しさを覚えた。せっかく眠りについてあの光景を忘れかけていたのに、これじゃあ台無しだ、と思った。
「それでさ、きみのロッカー、もう何もなかったよ? びっくりするくらいに綺麗だったから、間違って違う子のロッカーを開けちゃったのかと思った」
「え……?」
「ねえ、本当にあのロッカーに虫が入ってたの? まさか、悪い夢を見てたってわけじゃあ、ないよね?」
いや、あれは確かに現実だったはずだ。私は確かにあの時、ぐちゃぐちゃになったジャージと数匹の虫の死骸を見た。依央だって、見たはずだ。
……まさか、本当に依央があれを片付けてくれたのだろうか。
戸惑う私を見て、夏目先輩は心底つまらなそうな顔をしていた。


