「眠っているきみにはわからないと思うけど、僕はいつも生殺しの気分だったよ。密室の中で、きみがこのソファーでいつも、可愛らしい顔をして幸せそうに眠っているんだよ。それも、恐ろしいくらいに無防備に」
こうやって先輩に話しかけられていると、綾人くんの姿が頭をよぎる。
今目の前にいるのが夏目先輩じゃなくて綾人くんだったら、きっと彼は私を口説き落とそうとかそんなことを考えずに、すぐにでも私の上に跨って私のことを掻き抱くに決まっている。
けれど夏目先輩は、最後の理性でそれを踏みとどまっているみたいだった。先輩に残された優しさが仇となっているのかもしれない。
私に触れる先輩の手に自分の手を重ねる。そして私は、夏目先輩の手をどかした。
「ねえ、きみはいつも無防備に僕のところにやってくるのに、僕が迫ろうとしたら簡単に逃げていくわけ?」
「そんなこと、言われても」
別に、今ここで夏目先輩に襲われたとしても、私はきっと抵抗しないだろう。けれど、もしそれを受け入れてしまったら、私はもう先輩のところで眠れなくなる気がする。
どうするべきなのだろうか、と迷いを見せる。先輩はずっと、私の返答を待っているようだった。
何だか考えることに疲れてしまった。私ははやく、ここで眠りたいだけなのに。
そう思うと途端に、全てが面倒になってきてしまった。どうしたら先輩の言葉をうまくかわせるだろうかと思考を巡らせる。
「私、先輩のところでしか、安心して眠れないんです」
私は夏目先輩の手を強く握りながらそう訴えた。
だから、私にとってはここが安全基地で、と言葉を付け加えてみせると、途端に先輩は黙り込んでしまった。


