性、喰らう夢




「依央くんは、気付いてたの?」



 嫌がらせ、という言葉を付け加えると、彼はそりゃあもちろん、と返してきた。後、別に依央でいいから、と言って、彼は私に呼び方を改めさせた。



「お前の教科書が破かれてゴミ箱に捨てられてるとこ見たときから、そうなんだろうなって思ってた。それに、最近はスリッパが違うなって思ってた。あれって、隠されてたからってことだろ」



 ほら、今も、と言って彼は私の足元を指差した。緑色の来客用のスリッパは、もうすっかり私の足に馴染んでいる。



「気付いてたのに、今まで何もしてこなくて悪かった」



 彼は呟くように言ってから、保健室の扉を開けた。からり、と乾いた音が鳴る。

 デスクで作業をしていたらしい保健室の若い女の先生が、私たちの方を見た。依央はその先生と知り合いだったのか、彼女に向かって佐藤せんせ、と親しげに手を振った。



「この子体調悪いみたいだから、お願いしていい? 俺と同じクラスの子」



 依央は先生に対して、軽い口調でそんなことを言いながら、私の背中をそっと押した。先生はそんな依央の口調を咎めることもせず、ああそうなの? と言って、私を中へと招き入れてくれた。

 その様子を見た依央は、んじゃ俺行くわ、と言って、私を置いて行ってしまった。


 私はそんな彼の背中を見て、ああ、私への嫌がらせに真っ向からちゃんと向き合ってくれたのは、依央が初めてかもしれない、と思った。

 同時に私は、ロッカーの中の気持ち悪い光景から意識を引きはがして、何も考えずに休みたくなった。

 無性に、夏目先輩に会いたいような気がする。