性、喰らう夢




 その男の子は、開いたままの私のロッカーをぱたん、と閉じた。見たくないものに蓋をする、という言葉がまさに体現されたような行為だった。



「ごめんなさい、自分でやるので大丈夫です」



 そう言って、もう一度自分のロッカーに手を伸ばしたが、その中に収められているであろう生々しい虫の死骸が頭の中をフラッシュバックして、思わず吐き気がこみ上げてくる。

 思わず手で口を押さえる。私の様子を見たその男子生徒は、いいから、と言って私をロッカーから引きはがした。


 そのとき、視界の中に彼の足元のスリッパが映った。依央、と角ばった字で書かれている。イオ、と読むのだろうか。



「依央くん、ごめんなさい、私……」

「わかった、俺のことはいいから、一旦保健室行けって」



 どうやら、依央というのは彼の名前で合っていたらしい。そんなことを考えているうちに、彼は私の背中を押して、私を無理やり違う方向に歩かせた。



「俺、ずっと気になってたんだけど、ああいうくだらないことしてる奴って、誰?」

「……知らない、です」



 そう答えると、彼はまた怪訝そうな顔をした。



「心当たりもないわけ?」



 こくりと頷くと、彼はため息交じりの息を吐いて、頭を掻いた。まるであり得ないものを見ているような顔をしている。

 そんな顔をされても、困る。私かて、どうして自分が嫌がらせを受けているのかわからないのだ。主犯格がいるのかいないのか、誰が敵で誰が味方なのかすら、全くわかっていない。

 それに、ある意味周到で、ある意味幼稚な行為を、私はどこか客観的に眺めていた。

 ロッカーの中身を思い出して吐き気がするのは、そこにある悪意のせいじゃなくて、単純に虫の死骸が気持ち悪かったからだ。たぶん、そんな私の感覚は間違っている。