あまりの驚きに、あれ、じゃあこのジャージ、着れないのか、なんて状況にそぐわない思考を巡らせていた。
これ、片付けるのって私だよね。私、あまり虫得意じゃないんだよね、団地暮らしなのに。と、そんな現実逃避にも似た考えだけがぽんぽんと浮かぶものの、私はその場から動けなかった。
それから少し経って、嫌悪感が身体いっぱいに広がった。胃の中が気持ち悪くなってくる。
どうしようか、と頭を悩ませていたときだった。
「おい」
突然、後ろから声をかけられた。聞き慣れない声に振り返ると、そこには同じクラスの男子生徒がいて、彼はこちらを見下ろしていた。彼はすでにジャージに着替えていて、手には体育館シューズを持っていた。
誰だっけ、と少しだけ考えてから、ああ、いつも私の緑色のスリッパをちらりと見ては目を逸らす長身の彼か、と思い出した。何とも可笑しい覚え方だったが、それしか印象がなかったのだから無理はないだろう。
彼は黙ったまま私をじっと見つめている。きっと彼の視界には、切り刻まれた泥にまみれたジャージと虫の死骸がばっちりと映っているに違いない。
汚いものを見せてしまって申し訳ないな、と思いながら、私は小声で、すみません、と呟いた。
彼は私の顔とロッカーの中身を交互に見て、困惑した様子を見せている。そりゃあそうだろう、と納得した。こんな、あまりにも陰湿な嫌がらせをお目にかかることはそうそうない。
「お前、保健室行けよ。片付けといてやるから」
そんな言葉が彼の口から放たれたとき、私は彼が立っているところの後方にある窓から空を眺めていた。
いやに空が青いなと思った。


