性、喰らう夢


「私、そろそろ行くね」

「ああ、無理せずに」



 祥平は残ったパンを咀嚼しながら、ひらひらとこちらに向かって手を振った。私は祥平を置いて、その場を後にした。

 来客用の緑色のスリッパをパタパタと鳴らしながら進む。この頃は、毎度スリッパを職員入り口から借りたり返したりするのも面倒になってしまったので、ほぼスリッパを私物化していた。

 このスリッパを下駄箱に入れるようにしてから、朝スリッパがなくなることはなくなった。きっと、スリッパを隠したところでまた新しいスリッパを借りてくるだけなのだから、嫌がらせとしての意味がなくなってしまったのだろう。



 すこし歩いて、自分の教室の近くにたどり着いた。

 教室の前の廊下には、生徒ひとりひとりのロッカーが備え付けられている。大した大きさはないが、私はその中にジャージと体育館シューズ、そして教科書をいくつか仕舞っていた。

 私はジャージを取り出すために、自分にあてがわれたロッカーの扉を引いた。そのときだった。



「え……」



 扉を開けて中を見るのに0.1秒、中の様子がいつもと違うことに気付くのに0.3秒、そして、それを認識してあまりにも大きすぎる嫌悪感がこみ上げてくるまでに、5秒。


 綺麗に畳んでいたはずのジャージが泥のようなものでぐちゃぐちゃに汚されていて、カッターみたいな刃物で切り刻まれている、のを真っ先に認識したけれど、それは別に大したことじゃない。まだ想像できる範疇の嫌がらせだからだ。

 それよりも私は、ジャージの上に広げて置かれた、数匹の大きな虫の死骸から目が離せなかった。