性、喰らう夢



「そういう見方をすると、確かに性欲は退廃的で個人にとっては意味のない欲求に思えるけど、性欲がなくなったらその種は滅びるだろ」

「……」



 進化論みたいな、小難しい話をする彼の言葉を耳に入れながら、日々の生活の中でよくそんなことを考える余裕があるなと思った。頭の良いひとが考えることは、やっぱりよくわからない。

 彼はそのまま、難しい話を続けた。



「人は死ぬ直前に、脳から快楽物質が出るって、何かの本で読んだんだ。逆に考えれば、人と人がこうやって身体を重ねて快を追求するのは、ある意味手軽な臨死体験なんじゃないかって思うんだ、俺は」

「臨死体験……」

「性的な快楽と死は隣り合わせにあるんじゃないか、ってこと」



 快楽と死は隣り合わせにある、という言葉を聞いて、私はなんとなく、綾人くんに痛めつけられることと快感情が結びつく理由を理解できた気がした。

 綾人くんに首を絞められて、なぜか気持ちいいと思ってしまうのは、死を目前にしたときの快楽を擬似的に体験しているからなのではないか、という考えがふと浮かんでくる。


 私は彼との行為によって、死を垣間見て快楽を覚えている。そう考えると背中がぞくりと震えた。その震えが恐怖によるものなのか、それとも興奮によるものなのかは、判断のしようがなかった。



「本当か嘘かわからないんだけど、生物は死ぬ直前に、性欲が増すらしいんだ」

「どうして?」

「自分の遺伝子、つまり子孫を残さなきゃいけないっていう本能が、生命の最期に発現するよう、生体にプログラムされてるからって話」



 そうなんだ、というと、彼は私の身体をくまなく見て、満足そうな顔をした。私は彼がそんな表情をする理由がわからなくて、少しだけ眉をひそめた。



「お前、本当に馬鹿だよね」



 彼が私を見下ろして、呆れと嘲りが混じったような笑みを浮かべるので、私はますます訳がわからなくなった。



「お前はさ、夏目くんと祥平のとこ行って、なんとか生きようとしてるみたいだけど、じゃあお前はどうして俺のところに来るわけ?」

「それは……」



 ちっぽけな脳みそをぐるぐると巡らせて、彼の求める回答を探ったけれど、答えは見つからなかった。