私には、綾人くんの悩みを理解することができない。
私と彼とでは、住んでいる世界が全く違うからだ。私には、医学部に行くのがどれくらい難しいのかとか、彼がいう自律神経の乱れが生活にどれだけの悪影響を及ぼしているのかとか、そういったことなどわかりようもない。
彼は彼なりに苦しんでいるようだったけれど、彼はそれを覆い隠すように、強い言葉を発した。
「でも、俺は絶対に医学部に受からないといけないんだ。そういう強迫観念に支配されているんだ」
「……そっか」
「俺って、もしかしたら強迫性障害なのかもな」
強迫性障害、と聞いて、すこしだけ思い当たるふしがあった。彼の、異常なほどに潔癖なところがまさにそれを物語っている気がする。けれど、それが本当にそういった類の障害なのかはわからないし、私には判断のしようがない。
「俺って、異常なのかな」
彼の目に光が差さない。
綾人くんは、その真っ黒の瞳の中にぼんやりと私を閉じ込めながら、そんなことを言った。私は何も答えることができなかった。
そしてすぐに、彼はもう一度机へと向かった。今度こそ勉強するから、という彼に対して、私はもう話しかけることができなかった。
綾人くんが正常か異常かだなんて、私にはわからない。きっと私の感覚は一般的なそれとは離れている気がするからだ。けれど、私を拘束してベッドに放置する綾人くんは、やっぱりおかしいと思う。
私は彼が立てるペンの音を聞きながら、時間が早く流れることを願い続けた。
彼は静かにペンを動かし続けている。そしてとうとう、夜が明ける頃まで、彼は一切私の方を見なかった。


