すべての花へそして君へ③


 顔のアウトラインに手が触れたかと思ったら、上から唇を奪われていた。
 朝も早い時間から噛み付かれるような口付けに、あっという間に全身から力が抜けていく。

 すぐに立っていられなくなった。


「おっと。……大丈夫?」

「大丈夫じゃない」

「ごめん、悪かった」

「卵、割れたらどうするの」

「え? ……はは。ごめんね?」

「次は気を付けてください」


 だからって、わたしだって嫌ではないのだ。強くは言えない。それもヒナタくんはわかってるから、もっとタチが悪いけど。


(……その時は朝、ご飯がいいって言われたから早々にメニュー書き換えたんだよね)


 そして、ご飯を炊けた音と同時に行動開始。でも、時たまちらりと後方を見てみると、彼は机に肘をつきながらもいい子で待っていた。しかもすごく幸せそうに頬を緩ませて。
 それが何故か無性に恥ずかしかったので、頭の中でクッキングのテーマ曲を高速で流して無心で進めることにした。


(ま、だからってわたしみたいなこと、さすがに今の夢ヒナタくんはしていないだろうけど)


 お粥を作ってくれている彼の背中を見つめながら、懐かしい記憶を思い出した。
 ……あの時ヒナタくんは、何を考えていたんだろう。


 ――――――…………
 ――――……


「……ん、……あれ?」


 一瞬目を閉じている間に、再び場所がわたしの部屋へと移った。これぞ瞬間移動というヤツか。


『あ、起きた』

「うん、起きた」


 ベッドのそばに座っていたヒナタくん。片手にはスマホと、もう片方には温度計。


『具合はどう? 取り敢えず熱測ってスポーツドリンク飲んで。食べられそうなら何か食べて薬飲むよ』


 テキパキと指示するヒナタくんから温度計を渡され、取り敢えず熱を測る。……測り終わる間、何故か妙な沈黙が流れていた。


「……七度二分」

『微熱か、ちょっと怠いね。何か食べられ――ぎゅるぎゅるぎゅる……そうだね。何がいい?』

「……お粥。たまごの」

『はは。了解』


 ふっと可笑しそうに笑った彼は、おでこのひんやりシートを張り替えながらも堪えるように肩を震わせていた。
 取り敢えず、わたしより先に返事をするなと、お腹の虫によくよく言っておいた。