すべての花へそして君へ③


 分量を訊くのは頑なに断わった“夢ヒナタくん”は、再び料理に集中してしまった。大人しくしていろと言われたので、テーブルについて彼の後ろ姿を、穴が空くほど見つめてやることに。


(……あ、そういえば)


 思い出したのは、彼が稽古をつけてもらっていたと知ってすぐのこと。
 結局寝られなかったわたしが朝ご飯の支度をしていたところに、何故か随分早くヒナタくんは顔を出してきたのだ。


 ――――――…………
 ――――……


「う~ん。豚肉があるから、お弁当は生姜焼きにしようかな」


 下りてきたら、ヒイノさんとミズカさんの姿は見当たらなかった。きっと今頃は一緒に部屋で寝ているんだろう。
 父と母は、相変わらず静かに寝ていた。以前、あのいびきの中よく耐えられるなと思ってよく観察したら、二人とも耳栓をしていて。……ああ、もうすでに学習してたんだなとわたしも学んだのだ。


「夏バテ予防にもいいからね! スタミナもつくしっ」


 ご飯ももう少ししたら炊けそうだからそれをよそって……野菜はどうしよう。サラダにしてハムとカニかまでも乗せようか。お弁当の残りの生姜焼きはお昼にまわしてもらって。朝ご飯はパンにしようかな。
 メニューをざっと決めたところで冷蔵庫を開けていると、後ろからぎゅっと抱きつかれて危うく卵を落としそうになった。


「おはよ。めっちゃいい匂いするね」

「お、おはよう、ひなたくん……」


 犯人はもちろん彼だ。昨日から後ろを取られすぎて、注意力散漫だなと猛省。
 でも、だから気付けた。彼から、優しい石鹸の香りがしたことに。


「弁当生姜焼き?」

「うん。好き?」

「ん。すき」


 なんだろう。どうしたんだろう。抱きつかれて動けないから、顔まではわかんないけども。


「どうしたの? 眠たいならまだ寝てても大丈夫だよ」

「ん? 今寝たら起きられそうにないから電車で寝る」

「ははっ、そっか。それじゃあ朝ご飯作っちゃうから、座って待ってて?」


 そう言っても、全然離れてくれる気配がない。なんだか今日、この人とっても甘えただ。


(でもどうしよう、ご飯作れない……)

「ゆうべ……」

「えっ?」

「……オレ、自分でも思った以上に欲求不満だったのかもしれない」