すべての花へそして君へ③


「ヒナタくん? 遅くにごめんね、ちょっといいかな」


 返ってこない返事に心の中で謝罪をしながら、客間の扉をゆっくりと開ける。


「…………」


 そこに、彼の姿はなかった。
 明日着ていく制服がきちんと準備されているだけで、布団は敷かれてもいない。


「寝て、ないの? いつも……?」


 二人の会話からして、きっとはじめてではないだろうということは窺えた。恐らく、彼が泊まる時はいつもこんなことをしているのではないだろうか。
 それにしても、何故こんな夜遅くに。しかも、わたしにバレないようにしているみたいだし。……いや、ズルい。わたしも混ぜて欲しい。

 そんなことを思い詰めながら亡霊のように立ち上がり、きっちり客間の扉は閉めてから、わたしはとぼとぼとリビングに足を向けた。


「があ~!! があ~!!」

「ヒイノさん、よく結婚しようと思ったね……」


 すごかった。何がって? いびきが。それは、ずっと前から思ってたけど。
 だから、必ずミズカさんだけはリビングの端っこに寝かせるのだ。すっごいから。本当すごいから。みんなよく寝られるなと思う。


「……――! ぶふっ!?」


 見ていたら無性にムカムカしたので、大きないびきをかいてる口と鼻を塞いでみることにした……ら。


「ちっ。このまま気持ちよく逝けたらよかったものを……」

「は? え? ちょ、えーっと、夢……だよな。あおいがそんなことを言うなんてまさかなあ……」

「残念なことに嘘じゃないんです。本当にそのいびき、どうにかなりませんかね」

「あ、あれか、もしかしてオレのいびきもとうとうお前の部屋まで届くように……」

「まだそこまでではないです。けど、いびきでみんなの眠りを妨げるようなことがあれば容赦しません」

「すみません……」


 ビックリして飛び起きた彼は、なんてほざいたあと、お布団の上で正座をしたまま小っちゃくなった。


「すみません、わたしもちょっとムカムカしてたので当たってしまいました」

「は? こんな時間に? あ。あれだろ。ひなたが夜の相手をしてくれなかったからっつって――」

「今すぐ口と鼻塞いで欲しいんですかね」

「すんませんごめんなさいもう言いません」


 すっかり母やヒイノさんに毒されてしまったわたしに、ミズカさんはただただ謝るに徹することにしたらしい。


「はあ。でもミズカさん、いつまでもこんなところで油売ってていいんですか? 二人はもう行っちゃいましたけど」

「あ? ……あ! 今何時だ!? 酒飲んですっかり眠っちまってた!」

「時間気にするより先に早く行った方がいいんじゃないですか? 二人は走って行っちゃいましたよ、道場に」

「うわー……。ひなたに『遅刻したら二人乗せて腕立てですからね』って言われてたのにー!」

「そ、そうなんですか……」

「まあよく遅れるから度々あることだけどな! はははー! ははは! ……はは、はあ……?」


 あれ? っと思った時にはもう遅いのさ。