「ヒナタくん? 遅くにごめんね、ちょっといいかな」
返ってこない返事に心の中で謝罪をしながら、客間の扉をゆっくりと開ける。
「…………」
そこに、彼の姿はなかった。
明日着ていく制服がきちんと準備されているだけで、布団は敷かれてもいない。
「寝て、ないの? いつも……?」
二人の会話からして、きっとはじめてではないだろうということは窺えた。恐らく、彼が泊まる時はいつもこんなことをしているのではないだろうか。
それにしても、何故こんな夜遅くに。しかも、わたしにバレないようにしているみたいだし。……いや、ズルい。わたしも混ぜて欲しい。
そんなことを思い詰めながら亡霊のように立ち上がり、きっちり客間の扉は閉めてから、わたしはとぼとぼとリビングに足を向けた。
「があ~!! があ~!!」
「ヒイノさん、よく結婚しようと思ったね……」
すごかった。何がって? いびきが。それは、ずっと前から思ってたけど。
だから、必ずミズカさんだけはリビングの端っこに寝かせるのだ。すっごいから。本当すごいから。みんなよく寝られるなと思う。
「……――! ぶふっ!?」
見ていたら無性にムカムカしたので、大きないびきをかいてる口と鼻を塞いでみることにした……ら。
「ちっ。このまま気持ちよく逝けたらよかったものを……」
「は? え? ちょ、えーっと、夢……だよな。あおいがそんなことを言うなんてまさかなあ……」
「残念なことに嘘じゃないんです。本当にそのいびき、どうにかなりませんかね」
「あ、あれか、もしかしてオレのいびきもとうとうお前の部屋まで届くように……」
「まだそこまでではないです。けど、いびきでみんなの眠りを妨げるようなことがあれば容赦しません」
「すみません……」
ビックリして飛び起きた彼は、なんてほざいたあと、お布団の上で正座をしたまま小っちゃくなった。
「すみません、わたしもちょっとムカムカしてたので当たってしまいました」
「は? こんな時間に? あ。あれだろ。ひなたが夜の相手をしてくれなかったからっつって――」
「今すぐ口と鼻塞いで欲しいんですかね」
「すんませんごめんなさいもう言いません」
すっかり母やヒイノさんに毒されてしまったわたしに、ミズカさんはただただ謝るに徹することにしたらしい。
「はあ。でもミズカさん、いつまでもこんなところで油売ってていいんですか? 二人はもう行っちゃいましたけど」
「あ? ……あ! 今何時だ!? 酒飲んですっかり眠っちまってた!」
「時間気にするより先に早く行った方がいいんじゃないですか? 二人は走って行っちゃいましたよ、道場に」
「うわー……。ひなたに『遅刻したら二人乗せて腕立てですからね』って言われてたのにー!」
「そ、そうなんですか……」
「まあよく遅れるから度々あることだけどな! はははー! ははは! ……はは、はあ……?」
あれ? っと思った時にはもう遅いのさ。



