けれど、観念したシントの方が、先に大きくため息を落としながら視線を逸らす。
「……俺は今、非常に最低なことをしている」
「事情を知らない人から見れば、でしょう?」
「葵は嫌がるだろうと思ったから言いたくない」
「嫌がるわけないじゃない。そもそも、わたしたちみたいな人間は――」
“普通の恋愛”を、できる方が少ないのだから。
「寧ろ、この立場で恋愛させてもらえてる方が可笑しいんだ」
「そんなことないよ」
「わたしは、周りの人たちに甘えすぎている」
「今まで我慢してきた分目一杯甘えていいと思うし、花咲さんや朝日向さんも、葵の幸せを一番に考えてる。葵が周りの人間に甘えすぎてるんじゃない。周りの人間が、葵を甘やかしたくて仕方がないんだよ」
「風邪を引くと心細くなるからね」と、彼は額に手を当てた。どうやら少し、熱が上がってきているらしい。
「今はゆっくり休んで。取り敢えず、花咲に着いたら起こすからそれまで」
「ねえシント……」
「ん?」
「わたしね、本当に素敵な人たちに恵まれて、幸せだなって思うんだ。だから……」
“だからシントも、どうか素敵な人に出会えますように”
「――――……」
きちんと、言えたかどうかはわからない。
でも薄れゆく意識の中、額に触れた優しい熱の感触と、「ありがとう」と彼の嬉しそうな声が、微かに聞こえた気がした。
窓の外は、しんしんと雪が降り始めていた。



