すべての花へそして君へ③


 けれど、観念したシントの方が、先に大きくため息を落としながら視線を逸らす。


「……俺は今、非常に最低なことをしている」

「事情を知らない人から見れば、でしょう?」

「葵は嫌がるだろうと思ったから言いたくない」

「嫌がるわけないじゃない。そもそも、わたしたちみたいな人間は――」


“普通の恋愛”を、できる方が少ないのだから。


「寧ろ、この立場で恋愛させてもらえてる方が可笑しいんだ」

「そんなことないよ」

「わたしは、周りの人たちに甘えすぎている」

「今まで我慢してきた分目一杯甘えていいと思うし、花咲さんや朝日向さんも、葵の幸せを一番に考えてる。葵が周りの人間に甘えすぎてるんじゃない。周りの人間が、葵を甘やかしたくて仕方がないんだよ」


「風邪を引くと心細くなるからね」と、彼は額に手を当てた。どうやら少し、熱が上がってきているらしい。


「今はゆっくり休んで。取り敢えず、花咲に着いたら起こすからそれまで」

「ねえシント……」

「ん?」

「わたしね、本当に素敵な人たちに恵まれて、幸せだなって思うんだ。だから……」


“だからシントも、どうか素敵な人に出会えますように”


「――――……」


 きちんと、言えたかどうかはわからない。
 でも薄れゆく意識の中、額に触れた優しい熱の感触と、「ありがとう」と彼の嬉しそうな声が、微かに聞こえた気がした。



 窓の外は、しんしんと雪が降り始めていた。