そうは言っても、彼がすんなり諦めてくれるはずもなく。「最近急に白髪が増えた奴らにまず声かけてみるか」なんてぶつぶつ言っている。
あれ以降皇を名乗って接触してくる人たちはなくなったし、再び縁談を申し込んでくることはないだろう。余程あの時のことがトラウマになったと見える。
「それはいいとして、心配なのはシントの方だよ」
「俺は葵の方が心配」
「わたし? わたしは大丈夫だよ。別段困ったこともないし、今の仕事も慣れてきたし」
「違う、俺が言いたいのはそっちじゃなくて」
「今はシントの話」
「……」
ほっぺたを膨らませてむくれてしまった彼に小さく笑いながら、ブチュッとそのほっぺは潰しておいた。
「……ま、大騒ぎだよね」
「公表の仕方が雑にも程がある。お父様からちゃんと許可得てた?」
「得てたらああはならなかったよね」
「誰に似たんだ誰に」
「それは勿論、元主様でしょう」
「絶対言うと思ったよ」
こんなにも横暴でめちゃくちゃなルール、皇の辞書には載っていないだろう。
事後報告で承諾させてしまおう作戦は、わたしの十八番だもの。勿論、わたしの場合は後から何言われてもいいように、周りをガチガチの完璧に固めておくけど。
「……何かわたしにできることは?」
「無いよ。元より俺が蒔いた種だ。自分で何とかできる」
あそこであんな宣言をしておいて、やるとこはやる男だからなーこの子は。
……ま、どうしても手が欲しい時は言ってくるでしょう。
「わたしたちの仲なんだし、隠し事はなしだよ?」
「当たり前じゃん。それに、葵に隠し事なんてできないよ」
【朝日向葵は、決して友を見捨てない】
でも、それ以前に元主人にその執事。家族も同然だったわたしたちに、遠慮なんて似合わない。
「それはそうとシントさん?」
「……何か嫌な予感」
「わたしー、あんなとぼけた公表をしてー、どうしてこうもあなたの周りが静かなのか不思議でならないんですけどもー」
「そんなことないよ。葵が知らないだけで今でも処理するのに大変なんだから」
「隠し事はなしって言いましたよね?」
「……言いましたね」
「出会い頭に『葵と結婚するー!』って言うのが常だったのに、それがなくなったのは、一体どういう心境の変化かしら」
「心境は変わってないよ。寧ろ今でもできるなら葵と結婚したいし、正直このまま連れ去りたいくらいには、駆け落ちの準備だっていつでも整ってる」
「取り敢えずその予定はないから、荷物の紐は解いておいてね」
「そこまでさらっと流されるのも、悲しいものがあるんだからね」
正直、睨めっこ対決は五分と五分の勝負だった。



