すべての花へそして君へ③


 むくれたわたしをあやすように、彼は楽しそうに頭を撫でた。まるで、小さな子どもにでもなった気分だ。


「君は、もっと子どもになっていい」

「……なってます」

「我が儘にだってなっていい、沢山甘えたっていいんだ」

「我が儘だし、十分甘えてると思います」

「どうかな」

「そうなんです」


 そう言えば、「じゃあ教えてくれ」と彼はせがんでくる。
 わたしが子どもで我が儘で甘えん坊なら、今一番したいことは一体何なのかと。


「……盗聴器とかないですよね。監視カメラとか」

「そんなものはない。……が、愚息がすまない」

「いっ、いえ! こちらこそ……その、いろいろすみません」


 わたしは、大きく息を吸った。


「今できることを精一杯やる。それだけです」

「……学生の本分は」

「え? べ、勉学?」

「何の勉学に勤しむか。学問だけが、勉強じゃない」


 そうして彼はまた優しい顔で笑った。
 沢山悩んで、青春をしなさい――と。


「……トウセイさん、酔ってますね」

「酒を入れないと、口下手の私は素直になれないんだ」

「お水お持ちしましょうか?」

「正常でないと言ったのは君のことだよ」

「わたしは、ちゃんと正常ですよ?」

「先程ファイルの文字を見ただけで狼狽したな」

「それはさすがに言い過ぎでは……」

「これだけは言っておく。私はね、葵くん――……」


 それから程なくして、見計らったかのようにワカバさんが書斎に顔を出した。


「とうせいさんばっかりあおいちゃんとお話ししてズルいわ~」


 なんて言いながら彼女は、机に突っ伏してしまった彼にそっとブランケットを掛けた。彼女曰く、そんなにお酒も入っていないからすぐに起きるだろうとのこと。


「あおいちゃんも今日は疲れたでしょう? ゆっくりお風呂に入って、たっぷり癒やされてきて」


「お話は、また今度ね」と、可愛らしく彼女はウインクして書斎を後にした。


「……おやすみなさい」


『君たちの、楽しそうな遣り取りや笑った顔がまた、見たいだけなんだよ』


 お話は……――――また、今度に。