すべての花へそして君へ③


“――でも、そんなヒナタくんがいいんです。わたしが、ヒナタくんじゃなきゃ駄目なんです”


「実の父親でさえ、冗談と本気半々に匙を投げそうになるほどの、それはそれは困った息子だ。無論、人に誇れるものも沢山持っている」

「……はい」

「君は、それに気付いてくれた。君は私に、あの子の父親としてこれ以上ない言葉をくれた」

「トウセイさん……」


 じっと目線を合わせた彼は、申し訳なさそうに笑った。


「葵くん、あの子は本当に素直じゃないんだ」

「……はい」

「天の邪鬼なんだ、とんでもない捻くれ者なんだ」

「はい」

「でもとても優しい子なんだよ」

「はいっ」


 ――ただ君は、知らないだろう。あの子の後ろにいたし、声だけ聞けばあっけらかんとしていたからな。あいつは。


「(……君がね、ただ純粋に好きなんだ。心底惚れているだけなんだよ)」



『あ、言い忘れたことがあった』

『母さんの洋服に化粧品、今日の夕食の買い出しに文房具に日用品。あとなんだ』

『彼女』

『彼女……なんだって?』

『だからこいつ。彼女になったから、オレの』

『…………』



「……トウセイさん?」

「……気にするな。少し、思い出していただけだ」


 どんな顔をして、私に君のことを紹介したのか。……君にも、見せてやりたかった。


 どこか嬉しそうに頬を緩ませた彼は、椅子からゆっくりと立ち上がったかと思ったら、驚く間もなくわたしの頭をそっと抱き寄せた。
 控えめで、少しぎこちなくて。でも、綿に包まれたみたいにやさしくて。それが、とてもよく似ていた。
 違うのは、ふっと優しい石鹸が香ったこと。戸惑うわたしの頭を撫でてくれる手が、一回り大きいこと。


「あ、の」

「どうか、馬鹿な息子を許してくれ」

「えっ。そんな……、え?」

「そしてどうか、君のことも許してあげて欲しい」


 それから、目元はお母さん似。性格はきっと、……ううん、絶対お父さん似。
 目線を合わせた彼は、申し訳なさそうに目尻に皺を作った。


「あの子が、何かしてしまったのだろう」

「えっ。ち、違います」

「本当にそうか? しかし私は父親だから、何となくわかってしまうんだよ。悪いね」

「違います! 絶対……っ、ぜったい」

「……では話を変えようか。何故、責める? 君が自分で決めた選択に一切の後悔はなかったと、私はよく知っているよ」

「……はい」

「君は“今”を選んだ。君ともあろうものが、その代償に疲弊しているというわけではないだろう」

「わたし自身は、決して悔いてはいません」

「ほらね。君も、本当に優しい子だから」

「……本当に、そうでしょうか」

「……ふむ」

「本当に優しかったなら。……っ、きっと今、こうなっていません」


 彼は目元に滲み出そうな涙を気にして、「成る程な」と、そっとハンカチを握らせてくれた。


「お互いの足りない部分を補える者が、隣にいる資格を持つと私は思っている。勿論、それだけではないが……」


 そして、ふっと優しく笑った。


「君らなら、必然的にそれができると思っている。君も薄々……いや、十分過ぎるほどわかっているんだろう?」

「……わかってます」

「一緒にいると、人間似ると言うからな」

「トウセイさん、わかってます」

「君の選択があの子のためを思ってなら」

「わかってますっ」

「あの子は一体誰のために、君に何を言ったのか」

「わかってますから!」