“――でも、そんなヒナタくんがいいんです。わたしが、ヒナタくんじゃなきゃ駄目なんです”
「実の父親でさえ、冗談と本気半々に匙を投げそうになるほどの、それはそれは困った息子だ。無論、人に誇れるものも沢山持っている」
「……はい」
「君は、それに気付いてくれた。君は私に、あの子の父親としてこれ以上ない言葉をくれた」
「トウセイさん……」
じっと目線を合わせた彼は、申し訳なさそうに笑った。
「葵くん、あの子は本当に素直じゃないんだ」
「……はい」
「天の邪鬼なんだ、とんでもない捻くれ者なんだ」
「はい」
「でもとても優しい子なんだよ」
「はいっ」
――ただ君は、知らないだろう。あの子の後ろにいたし、声だけ聞けばあっけらかんとしていたからな。あいつは。
「(……君がね、ただ純粋に好きなんだ。心底惚れているだけなんだよ)」
『あ、言い忘れたことがあった』
『母さんの洋服に化粧品、今日の夕食の買い出しに文房具に日用品。あとなんだ』
『彼女』
『彼女……なんだって?』
『だからこいつ。彼女になったから、オレの』
『…………』
「……トウセイさん?」
「……気にするな。少し、思い出していただけだ」
どんな顔をして、私に君のことを紹介したのか。……君にも、見せてやりたかった。
どこか嬉しそうに頬を緩ませた彼は、椅子からゆっくりと立ち上がったかと思ったら、驚く間もなくわたしの頭をそっと抱き寄せた。
控えめで、少しぎこちなくて。でも、綿に包まれたみたいにやさしくて。それが、とてもよく似ていた。
違うのは、ふっと優しい石鹸が香ったこと。戸惑うわたしの頭を撫でてくれる手が、一回り大きいこと。
「あ、の」
「どうか、馬鹿な息子を許してくれ」
「えっ。そんな……、え?」
「そしてどうか、君のことも許してあげて欲しい」
それから、目元はお母さん似。性格はきっと、……ううん、絶対お父さん似。
目線を合わせた彼は、申し訳なさそうに目尻に皺を作った。
「あの子が、何かしてしまったのだろう」
「えっ。ち、違います」
「本当にそうか? しかし私は父親だから、何となくわかってしまうんだよ。悪いね」
「違います! 絶対……っ、ぜったい」
「……では話を変えようか。何故、責める? 君が自分で決めた選択に一切の後悔はなかったと、私はよく知っているよ」
「……はい」
「君は“今”を選んだ。君ともあろうものが、その代償に疲弊しているというわけではないだろう」
「わたし自身は、決して悔いてはいません」
「ほらね。君も、本当に優しい子だから」
「……本当に、そうでしょうか」
「……ふむ」
「本当に優しかったなら。……っ、きっと今、こうなっていません」
彼は目元に滲み出そうな涙を気にして、「成る程な」と、そっとハンカチを握らせてくれた。
「お互いの足りない部分を補える者が、隣にいる資格を持つと私は思っている。勿論、それだけではないが……」
そして、ふっと優しく笑った。
「君らなら、必然的にそれができると思っている。君も薄々……いや、十分過ぎるほどわかっているんだろう?」
「……わかってます」
「一緒にいると、人間似ると言うからな」
「トウセイさん、わかってます」
「君の選択があの子のためを思ってなら」
「わかってますっ」
「あの子は一体誰のために、君に何を言ったのか」
「わかってますから!」



