プライベートの彼は、機嫌の善し悪しが割と簡単に顔に出やすい。ミズカさんのことがいい例だ。
「私の顔に何か付いているか」
「……! い、いえ。何も……」
「そんなに見られては穴が空く」
「すみません」
「真に受けるな。冗談だ」
「……はい」
でも、それ以外はポーカーフェイスのことが多いので、正直今、胸がざわついていて仕方がない。
ほんの一瞬。彼が、申し訳なさそうに顔を歪ませ、寂しそうに笑ったのを見てしまったのだ。それは、さっきの別れ際に見せたツバサくんの表情と、とてもよく似ていた。
扉の向こうは天井高くまで本や雑誌、新聞などがぎっしりで。まるで古本屋さんに来たみたいな、とても落ち着く、古い紙の匂いでいっぱいだった。
程なくして、ワカバさんが温めのお酒を持ってきてくれた。
「頼めるかな」
「わたしなんかでよければ」
「若い女の子の酌以上に美味いものなどないだろう」
「トウセイさんでもそんなこと仰るんですね。ワカバさんが怒っちゃいますよ?」
「私は政治家である以前にただの中年のおっさんだよ」
「勿論、若葉が酌してくれる酒は格別に美味い」と、少し恥ずかしそうにした彼にそっと笑いながら、猪口にいっぱい酒を注いだ。
それを一気に飲み乾した彼は、空になった猪口を静かにこちらに差し出す。父やミズカさんを見ていたせいか、そのちょっとした所作が綺麗で、思わず見惚れてしまった。
「……? 大丈夫だ、自分の限界はきちんと把握している」
その心配は全くと言っていいほどしていなかったのだけれど、少し拗ねたように言う彼に、思わず笑ってしまった。父やミズカさんにも、きちんと飲み方というものを覚えて欲しいものだ。
何杯目かのお酒を注いだ時、彼はそれにはすぐに手を伸ばさず机の上に置かれたファイルに目を向けた。
そしてゆっくりと瞼を閉じてから、口を開いた。
「仕事は順調か」
「はい」
【あなた、国務大臣になりなさい】
嘗てわたしが言った言葉を意味を、彼は細部まで理解してくれた。そして事件収束後、彼は約束を守ってくれた。
「これからも頑張りなさい」
「はい」
わたしの行動が彼にまで上がっているだろうことは予想していたが、彼から激励を受けると少しむず痒い。きっと、彼自身が他人を励ますなんてことに慣れていないからだろう。それがうつったんだ。
猪口をわざとらしく大きく呷った彼は、そのまますっと手を上げた。どうやらここが限界のようだ。実はお酒も、もう一杯が有るか無いかだった。



