「おい葵、いい加減下りてこいよ」
「ツバサくんツバサくん! 人間チャレンジすれば不可能を可能にできるんだよ!」
「お前は……あれだ、前世がきっと忍者かなんかだ」
「おおお! だったら今度、早速家系図を調べてみるでござる!」
「せんでいいからさっさと下りてこい」
ヒナタくんが入ってきたとき、とっさに扉の後ろに隠れようと思ったけれど、それじゃあ面白味の欠片もないので、思い切って部屋の角に向かって飛び上がってみたのだ。
すると! なんとびっくり! まるで忍者のように壁に手を突いて、完全にヒナタくんの死角に隠れることに成功したのでござる! ニンニン!
「シュタッ! ふふふ、またひとつ技に磨きがかかったでござる」
「俺はまた一歩、お前が人間から遠ざかったようで悲しいよ」
そういえばツバサくん、何回かヒナタくんにわたしのこと言いかけたでしょう。
やいやいどういうことだと、そう聞いてみれば。
「いや、笑いを堪えるのに何か違う話題を振ろうと思ったんだけど……」
話題を振ろうとする度に視界に映るわたしが、もう兎に角邪魔で仕方がなかったらしい。
なんかすみません。
「ま、今日はゆっくりしていけよ。明日は遅出でいいんだろ?」
そうして彼は、また楽しそうに笑いながら自室へと戻っていった。
どうやらはじめから、お泊まりは彼の計画に入っていたようだった。
「あおいちゃん、お片付けはもうその辺で大丈夫よ」
「いえいえ! 一宿一飯の恩義はこんなものでは!」
「ふふ。じゃあとうせいさんも上がったみたいだし、つばちゃんにお風呂行くように伝えてもらえるかしら」
「はい! お任せください!」
夕食後、ワカバさんと一緒に片付けをしていたわたしは、食後の運動に階段を勢いよく駆け上った。
「ツバサくんお風呂どうぞってー!」
「……お前、せめてノックくらいしろよ。日向でもしたぞ」
「ツバサくんお風呂!」
「へいへい」
すっかり美男子に戻ってしまったツバサくんは、ため息をつきながら重い腰をゆっくりと上げた。
そして何故か、手に持っていた分厚いファイルを、わたしに手渡してくる。
……これは?
首を傾げてみるけれど、彼は何も言わず、ただ小さく笑って部屋を出て行ってしまった。渡されたのだから、きっとわたしが見てもいいものなんだろうとは思う……けど。
うーんと考えながら階段を下りていると、お風呂上がりのトウセイさんと遭遇した。
「あ。ワカバさんが熱燗用意して待っていましたよ」
ああと、半ば空返事をした彼は、何故かわたしの持っているファイルに視線を注いでいた。さっきツバサくんから渡されたのだと言うと、彼は少し考えるように顎に指を添える。
「葵くん、少し時間は取れるか」
「……? はい、大丈夫です」
それに満足そうに頷いてから、彼は台所に繋がる扉を開けた。
「若葉、書斎に頼めるか」
「まだお仕事?」
「少しな。それと、葵くんに酌してもらおうと思うんだ」
「あらそれは素敵! それじゃあ少し温めにしてからお持ちしますね」
よろしく頼むともう一度頷いた彼は、「それでは行こうか」と、わたしを書斎まで案内してくれた。



