すべての花へそして君へ③

 ――――――…………
 ――――……


「……え?」


 これは何か? 待ち合わせ中に爆睡したからか? 横っ腹を抓ったからか? それとも、地味に痛かった拳骨の仕返しに、地味に何発も鳩尾へパンチを入れていたせいか?


「やっぱりお前基準だったら、俺みたいな一般人は真っ先にあの世行きだな」


 容赦なく、ヘルメットは取っ払われた。
 もしかしたら見間違いかも……なんて希望をヘルメットに託していたけれど、どうやら現実らしい。

 見覚えのある立派な家屋。表札には〈九条〉と、間違いなく書かれている。とんだ仕打ちだ。


「……か、帰るって」

「俺んちにな」

「わ、わたしも家に帰る……!」

「寝てたくせに」

「つ、ツバサくんだって遅れて」

「だってまだ話し足りねえもん」

「だったら聞くよ! 今すぐ聞く! ここで聞……いや、やっぱり駅で!」

「会いたい奴いるだろ」

「あ、……明日は朝ご飯が」

「いいだろ一日くらい。連絡入れとけ、なんなら俺が入れといてやる」

「御馳走、作ろうと思ったのに……」

「じゃあ、明日の朝は楽しみだな」

「……反省したのに」

「意味わかんねえこと言ってないで行くぞ」


 そしてどうやら逃げられないらしい。


「ま、まだ心の準備ができてない」

「だからって植木鉢に隠れても変わんねえぞ」

「は、話さなくていいんだよわたしは。一目見るだけで……なんなら屋根裏に穴空けてそこからでいいから」

「だからって人んちの壁上ろうとするな」


「取り敢えず真っ当な人間の発想だけは保て」素っ気なくそれだけ言って、彼は容赦なく扉を開けた。
 ただいまと、彼の声に奥の方からパタパタと足音が近付いてくる。


「おかえりなさいつばちゃ、……あらら。今日はつばさちゃんなのね!」

「ただいま母さん。まあ、ちょっと訳あって」

「わけ? あら」

「こ、こんば――……ひっ!?」


 その時、タイミングがいいのか悪いのか。背後の玄関の扉が、もう一度開いた。


「賑やかだと思ったら。なんだ、君だったか」

「こ、こんばんはトウセイさん」

「おかえりなさい、あなた」

「ああ、ただい……どうしたんだ翼、その恰好は」

「すぐ着替えます。訳は、あとでちゃんと話すので」


 それからその場で三人が、あれやこれやと話をしていたが、完全アウェイのわたしはというと居ても立っても居られず。気付けば、口から衝いて出ていた。


「あの、ヒナタくんは……」

「あら。一緒じゃないの?」

「え? い、いえ」

「てっきりあおいちゃんの後ろに隠れてるのかと思っちゃったわ」


 ワカバさん、相変わらず可愛い発想でいらっしゃる。
 ……元気そうでよかった。


「母さん、今日はあいつチカの家って」

「エ」


 ……聞いてませんけど?


「あら、そうだったのね」

「んで、今日こいつ泊まってくから」


 聞いてませんケド?? そんな気はしたけど。


「夕ご飯は?」

「まだよ。みんなで食べましょうっ」


 とんとん拍子に話が進んでいっている中、わたしだけが取り残されていた。ビックリしすぎて最早冷静だ。


「……まあ折角だ。ゆっくりしていきなさい」


 トウセイさん、いろいろ気遣ってくださりありがとうございます。