すべての花へそして君へ③

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 夢を見た。遠い昔の、幸せだった頃の記憶。


『ねえねえおかあしゃん』

『ん? どうしたのーあおい?』


 昔母は、誰もいない場所にハタキを持って何かと話をしていることがよくあった。それが、あまりよくないものだと察したのは、やさしい母が声を荒らげていたからだ。
 けれど一度だけ。ハタキも持っていない、声も優しい母が、庭に咲いた花に向かって話しかけていたのを見掛けたことがある。


『……ふふ。今日はいい天気だから、あおいちゃんも元気だねって』

『え? おはなさんが、はなしかけたの?』

『ええ。だから、向日葵さんも今日は一段と元気ねって答えたわ』

『わあ! そうなんだ!』


 もしかしたら、子どもに素敵な夢を持たせる可愛い嘘だったのかもしれないけれど。その時のわたしには、不思議な力を持っていた母の言葉は、嘘を言っているようには聞こえなかったのだ。


『あおいにだけ、特別ね? お父さんには内緒』

『おお! ないしょ!』

『実は、お花の声が聞こえるのは、お母さんの体に流れる特別なお水のおかげなの』

『とくべつなおみじゅ?』

『そう。お父さんには流れてないけど、あおいには、ちゃんと流れてる。だから、もしかしたらいつかあおいも、お花の声が聞こえるようになるかもしれないわね』

『わああ! ききたい! きけるようになりたい!』


 そうすれば、いつかわたしも会話に混ざることができると。そうなれたらいいななんて、無邪気なわたしは思っていて。

 どうして、母の血は特別なのか。
 どうして人とは少し違う力が、あったりするのか。
 それが、この先何を意味しているのか。

 考えたことは、なかった。……ううん。もしかしたら、無意識に考えないようにしていたのかもしれない。



「……ん」


 どうやら、泣きながら眠ってしまったらしい。自分が布団の中にいることを知って、一体何歳児なんだと自嘲気味に笑う。


「あら。おはようあおい」

「……あ、れ。おかあさん……?」


 確か、ヒナタくんの腕の中で意識を失ったんだと思うのだけど。何故母まで一緒のお布団に入っているのでしょう。


「流石はあなたの妹ね」

「え……?」

「本当、小さい頃から出来過ぎで、子育てに困らなすぎて逆に困ったわ」

「……おかあさん」


 よくできた妹は、今日は祖父のところへお泊まりに行ったそうだ。


「あおい」

「うん?」

「海棠さんに、何言われたの?」

「……っ」