すべての花へそして君へ③


 走らせた車が、早々に赤信号に引っ掛かると、彼は隣で小さくチッと舌を打った。


「……どういうこと?」

「お前は、昔ほど上手く隠し事ができてねえってこと」

「……」

「いいことだと思うぞオレは。わかりやすいから」


 青になり、再び走り始めた車の窓から見えた景色は、行きよりも早く流れていってるように思えた。


「心配してたぞヒナタも。何日か前から、ちょっと元気ないんだって」

「……そこまでじゃなかったと思うんだけど」

「それでも、わかる奴にはわかるだろ。ずっと一緒にいれば尚更。気にかけて見てれば、仕事中のオレにもわかる」

「……そうでしたか」


 けど確かに、そこまで隠すつもりはなかったかもしれない。理事長と話をしたら、そのことは絶対、一番に聞いてもらおうと思ってたし。

 そうこうしていたら、あっという間に朝日向のビルの前に着いてしまった。え、ちょっと早過ぎませんかチカさんや。


「お前が今一番にしないといけないことは?」

「え? ……話を、聞いてもらう?」

「違えよバカ。取り敢えず旦那に抱き締めてもらえ」

「えっ?!」

「それしなかったら、お前だけ店出禁にすっからな」

「ええ!? ちょ、それは困る!」


 チカくんのご飯、美味しくて大好きなのに! 隠れ家みたいで、すごく居心地がいいのに! ていうか、次もあそこで女子会しようって約束したのに!
 けれど、そんなことはどうでもいいと言いたげに、「オレが言ったこと守れよ。明日ヒナタに聞くからな」って、睨んだ彼はぶっ飛ばしてわたしの前から去って行った。

 時刻を見ると、なかなかいい時間。そういえばチカくんのお店、夜の営業開始はもうすぐだったかもしれない。
 だから、もしかしたら物凄い急いだのはそのせいかも。……きっと、そんなことはないだろうけど。

 一人で言って、一人で否定して。答えのわからない疑問に一人小さくクスッと笑っていると、あっという間にエレベーターは、目的地へと到着する。


「あ。やっと帰ってきた。おかえ、り……」

「……ただいま。ひなたくん」

「……なんで、泣いてるの」

「……わかん。ない……」


 楽しそうにしている、わたしの家族を見たからか。わたしのところへ、覚束無い足取りでやってくる我が子たちを見たからか。それとも、気にかけてくれていたヒナタくんを見て、安心したからか。


「しょうがないなあ。もうちょっとだけ子守しててあげるから、ちょっと二人で話してきなよ」

「え? でも……」

「いいから。あとは、妹に任せなさい。今の姉ちゃんのお仕事は?」

「……えっと」


 泣いてしまったわたしを、抱き締めるように背中をさすってくれてるから、チカくんに課せられたことは、これでクリアってことでいいかな……。
 わたしはヒナタくんの服の裾を掴んで、そっと体を預けた。


「ひなたくんに。ちょっと話を聞いてもらいます」

「その前に、ちゃんと抱き締めてもらいなさい」


 本当、できた妹である。