すべての花へそして君へ③


 出てきた名前に、ふっと一瞬気が緩みそうになる。
 それを必死に堪えて、なるべく普段通りの声を出した。


「ヒナタくん、元気してる?」

「気になるんなら連絡入れてみたらいいんじゃない?」

「それは、そうなんだけど……」


 鞄から出したスマホを、ぽんと手の平に乗っけた。


「今わたし、スマホ持ってなくて」

「は……?」


 いやいやいや。お前にはこれが何に見えるんだと言いたげに、彼は顔を顰めた。まあ、そうなってしまうのも無理ないことなんだけど。
 これは、仕事用に渡されたもの。情報漏洩の場合があるため、今スマホは没収されているのだ。

 隣の彼と連絡が取れた時も、すでに自分のスマホは没収され手元にはなかった。けれど、連絡が来た場合は必要に応じて中身を確認されるが、何も問題がなかった場合、きちんとわたしに連絡が下りてくるようになっている。


「……その、お前のスマホを預かってる人って、どんな人?」

「んーと、お仕事の相棒? その人は上司と部下って言ってたよ」

「因みに、日向はそいつのこと知ってんの」

「え? う、うん。一応」

「そいつ、人苛めるの好きだろ。日向と一緒で」

「すごーい! よくわかったね!」

「成る程な」

「……何が??」


 深く深くため息をついた彼は、何かを納得したらしい。
 けれど、それはもういいのか。再び話は、彼に連絡をするしないの話に。


「しようと思えば、何らかの形でできるだろお前なら」

「……まあね」

「理由がある、と」

「……ある程度片がつくまでは、しないって決めてて」

「他にもありそうだな」

「あとは、……自分への戒め、かな」

「戒め? なんで」

「ずっと、隠してたから」


 そして、彼が苦しむと。傷付くとわかっていて、わたしは仕事をすると、勝手に決めてしまったから。


「でも一番の理由は怒ってるからっ」

「……」


 何かを言いかけた彼は、一度ゆっくりと口を閉じた。
 そして、唇を違う形に……変えようとしたところで、思い切り噴き出した。そんなにわたしが怒っていたら可笑しいのか。


「はは、あーそうか。そう話が繋がるわけか」

「……? 何がどう繋がったの?」

「怒ってる? ……拗ねてるの間違いだろ」

「ちょっと、スルーしないで」

「言わねえよ。お前たちの問題だろ」

「えー。気になるー」

「だったら、一回くらい連絡入れてやったら?」

「入れたもんっ!」