すべての花へそして君へ③


「……ヒナタくん、その恰好……」

「あ、変? 高校のコンテストで着たのだから、ちょっときついかなって思ったけど、わりかしイケないこともないよ」

「いや、……そういうことじゃなくって」

「……そういうことって?」


 え、もう何がどうなってこんな状況になってるの。
 わたしの記憶がおかしいの? それとも、わたしの目や耳がおかしくなったの? ヒナタくんそんなしれっとしてるけど、この状況に何からどう突っ込んだらいいの!


「昔さ、よく母さんが本の読み聞かせしてくれたんだ。途中でアレンジ利かせまくるから、話の内容少し間違って覚えてたりしたこともあったんだけど」


 その本の話を聞いていて、いつも思っていた。母のお話には大抵、王子様とお姫様がいること。
 母は――ううん。女の子はみんな、一度はお姫様になりたい夢を描くこと。


「……ひな」

「言ったでしょ。これでも考えたんだよ、いろいろ」


 そう言って彼は、わたしの視線から逃げるよう僅かに視線を下げた後。そっと、恭しく目の前に片膝をつき、わたしの左手を、やさしく取る。



『それで? プロポーズはどんなのを思い描いてるの?』

『え!? してくれるの!?』

『気が向いたら』

『真っ赤な薔薇いっぱいの花束をね! こう片膝ついてー』

『それ夢で終わるよ』

『お給料三ヶ月分の結婚指輪と一緒に、『結婚してください』って! キャッ!』

『いきなり現実味帯びたねえ……』

『どうどう!? 参考になった!? ていうかしてねっ』

『あ。帰ったら誕生日パーティーがあるから花咲で。お腹空かせといてね』

『えっ。そんなまさかのサプライズここで言う!? ていうかヒナタくん、プロポーズの話は!?』

『今日の夕ご飯何かなー』

『ちょっと! 聞いておいてスルーしないでっ』

『気が向かなかった。以上』

『ただ酷いよそれ』



「……気が向かないって、言ったのに」

「けどやらないとは言ってないよ」

「……ひなたくん」

「ま、やったところで似合ってないとは思うけど」

「そんなことないよ! すごい、ちゃんと王子様だよ」

「……まあ、喜んでくれるならオレの恥くらいは捨てるよ」


 ふっと笑った彼は、わたしの薬指にはめられた指輪へ、そっと唇を寄せた。

 流れるような所作。きっと、10秒となかった一瞬の出来事。
 けどそれが、酷くわたしには長く感じられた、神聖な儀式のようだった。


「小さい頃から、結構母さんに毒されてきたんだと思う」

「え……?」

「あおいがお姫様で、レンが王子様で。そんなふうにシナリオを書くくらいには、オレもあおいに負けないくらい脳内花畑だってこと」

「……今も?」

「ん?」

「今も、王子様じゃないって、言うの?」

「言うよ」

「……」

「だって、オレはあんたの“おひさま”なんでしょ?」

「……!」