取り敢えず、名前に関しては一旦保留にしておくことにして。
仕事や書類、手続き諸々がひとまず片付いたら。……プロポーズされたことだし。試しに一度、コマーシャルで見たことがある雑誌でも買ってみようと思う。
なんだか楽しみだなと、頬を緩めながら薬指に光る指輪を何の気なしに見つめている時だった。ピンポーンとチャイムが鳴ったのは。こんな朝早くから、一体誰だろう。
「ごめん、今ちょっと手が離せないから出てきて」
「え? ……こ、この恰好で……?」
せめて、頭に乗ったティアラだけは外していこうと思ったのだけれど、髪に引っかかってしまったみたいですぐには取れそうになかった。
「……ええい! こうなりゃ恥は捨てる!」
「人が用意したものを恥て……」
そんな文句を背後に玄関へと急ぐ。
「すみませんお待たせしてしまって――」そう言いながら開いた扉の向こう側。
「……え?」
そこには、誰もいなかった。
誰もいなかったけれど、人ではないものが、そこにはあった。
「……薔薇だ」
真っ赤の。赤い薔薇がいっぱいの、花束。
「ヒナタくん。なんか、玄関に薔薇の花束が――」
置いてあったよ。
最後までそう言い切れなかったのは、さっきまでダイニングだったはずの部屋に、今度は真っ白な薔薇の花びらが、絨毯みたいに広がっていたからだ。部屋の壁も、蔓が伝い花が咲いていた。
まるで、絵本の中に迷い込んだような。
そして何より驚いたのが。
「ああ、おかえり。無事受け取った?」
しれっとそんなことを言うヒナタくん。
彼の恰好が、さっきまでスウェットのパジャマだったのにいつの間にかタキシード姿になっていたのだ。



