すべての花へそして君へ③


 けれど、その15分後。ちょっとした事件が発生する。


「……」

「……あ、あれ? 何かわたし、おかしなこと言った……?」

「……」

「……言ったんだねこれ」


 わたしの一言をきっかけに、楽しく食べていたはずの朝食がピタリと止まってしまったのだ。


「……オレの聞き間違えだよね、多分」

「んーと、多分聞き間違えじゃないと思うんだ」

「……」

「……」

「いやおかしいって」

「全然おかしくないって」



『ということは、ヒナタくんが“朝日向”になるんだよね?』


 父と、後を継ぐ云々の話をしていたのなら、てっきりそのことも考えているとばかり思ってたけど。


「ちょっと待ってよあおい。昔に戻って、自分のモノローグちゃんと回収してきて。あおいが“九条”になるんでしょ?」

「確かにそんなことも言ったけど、正直その頃は、後を継ぐとかあんまり考えてなかったし」

「そうかもしれないけど」

「それに、うち姉妹だから。九条は兄弟でしょう?」

「……」

「あと、わたしは長女だし、ヒナタくんは次男だし」

「……」

「……そこまでは、お父さんと話はしたことなかった?」


 途中から黙々と朝ご飯を食べ始めたヒナタくんを、覗き込むように見つめてみる。
 返事が返ってきたのは、全部片付いた後だ。


「あおいにとって、朝日向ってどれくらい大事なの?」

「……うん。大事なんだ。すごく」

「そりゃ、やっとの思いで取り戻した名前だろうけどさ」

「うん。ヒナタくんが」

「……」

「それに、いつもヒナタくんがいてくれるみたいで、好きなの」

「……」

「だから大事なの。……ヒナタくんだから、すごく大事」


 じっと見つめてくる瞳は、まるでわたしの気持ちを確かめているようだった。
 それならと思い、伝われ~伝われ~と精一杯の気持ちを込めて見つめ返していると、「はあああ」と何故かどでかいため息を吐かれた。


「気持ちはよくわかった。体裁としての理由も正当、あおいの気持ちも十分理解できた。正直、そんなもん持ってこられたら勝てる気がしない」


 お手上げ状態です。そう言わんばかりに少し仰け反りながら両手を挙げた彼は、それでも折れる気がないようだった。


「……そんなに嫌だ? お婿に来るの」

「うん」

「そ、即答するほどなんだ……」

「というか、朝日向になるのだけは嫌だ」

「え……」

「……あおいの理由の方が、正当だと思う。一般的に考えてもそうだし、あおいが大事にしたい気持ちもよくわかってる」


 だから、こんなこと言うこと自体が、そもそもおかしいって言われても仕方がないんだけど……と、しっかり前置きして。


「もし。……もしね?」

「……うん。もし?」

「オレが、朝日向に婿入りした場合」

「……場合?」

「名前が、アホみたいなことになる」

「……あ、アホ?」


 そう言われてからやっと気が付いた。
 ヒナタくんが、どうしても譲れない理由。それから、きっとヒナタくんは、ずっと前から婿入りした場合もちゃんと考えてたってこと。


「わたしは、すごく素敵だと思うよ」

「そう思うのは、あおいと、あおいと同じくらいの馬鹿だけだよ」

「お父さんは、なんて言ってた?」

「ノーコメント」