けれど、その15分後。ちょっとした事件が発生する。
「……」
「……あ、あれ? 何かわたし、おかしなこと言った……?」
「……」
「……言ったんだねこれ」
わたしの一言をきっかけに、楽しく食べていたはずの朝食がピタリと止まってしまったのだ。
「……オレの聞き間違えだよね、多分」
「んーと、多分聞き間違えじゃないと思うんだ」
「……」
「……」
「いやおかしいって」
「全然おかしくないって」
『ということは、ヒナタくんが“朝日向”になるんだよね?』
父と、後を継ぐ云々の話をしていたのなら、てっきりそのことも考えているとばかり思ってたけど。
「ちょっと待ってよあおい。昔に戻って、自分のモノローグちゃんと回収してきて。あおいが“九条”になるんでしょ?」
「確かにそんなことも言ったけど、正直その頃は、後を継ぐとかあんまり考えてなかったし」
「そうかもしれないけど」
「それに、うち姉妹だから。九条は兄弟でしょう?」
「……」
「あと、わたしは長女だし、ヒナタくんは次男だし」
「……」
「……そこまでは、お父さんと話はしたことなかった?」
途中から黙々と朝ご飯を食べ始めたヒナタくんを、覗き込むように見つめてみる。
返事が返ってきたのは、全部片付いた後だ。
「あおいにとって、朝日向ってどれくらい大事なの?」
「……うん。大事なんだ。すごく」
「そりゃ、やっとの思いで取り戻した名前だろうけどさ」
「うん。ヒナタくんが」
「……」
「それに、いつもヒナタくんがいてくれるみたいで、好きなの」
「……」
「だから大事なの。……ヒナタくんだから、すごく大事」
じっと見つめてくる瞳は、まるでわたしの気持ちを確かめているようだった。
それならと思い、伝われ~伝われ~と精一杯の気持ちを込めて見つめ返していると、「はあああ」と何故かどでかいため息を吐かれた。
「気持ちはよくわかった。体裁としての理由も正当、あおいの気持ちも十分理解できた。正直、そんなもん持ってこられたら勝てる気がしない」
お手上げ状態です。そう言わんばかりに少し仰け反りながら両手を挙げた彼は、それでも折れる気がないようだった。
「……そんなに嫌だ? お婿に来るの」
「うん」
「そ、即答するほどなんだ……」
「というか、朝日向になるのだけは嫌だ」
「え……」
「……あおいの理由の方が、正当だと思う。一般的に考えてもそうだし、あおいが大事にしたい気持ちもよくわかってる」
だから、こんなこと言うこと自体が、そもそもおかしいって言われても仕方がないんだけど……と、しっかり前置きして。
「もし。……もしね?」
「……うん。もし?」
「オレが、朝日向に婿入りした場合」
「……場合?」
「名前が、アホみたいなことになる」
「……あ、アホ?」
そう言われてからやっと気が付いた。
ヒナタくんが、どうしても譲れない理由。それから、きっとヒナタくんは、ずっと前から婿入りした場合もちゃんと考えてたってこと。
「わたしは、すごく素敵だと思うよ」
「そう思うのは、あおいと、あおいと同じくらいの馬鹿だけだよ」
「お父さんは、なんて言ってた?」
「ノーコメント」



