すべての花へそして君へ③


 煮えたぎっていたコーヒーが、やっと飲めるようになった頃。ソファーに移動したわたしの薬指には、ペアリングではなく。正真正銘の婚約指輪がはめられていた。


「あんま見てると穴空くよ」

「空いてるから指が入ってるんだよ?」

「ははっ、確かにそうだね」

「いつの間に用意してたの? 全然知らなかったよ」

「ん? 知ってたらサプライズの意味ないでしょ」

「……おいくら万円?」

「ご要望通り、給料三ヶ月分」

「ヒナタくん、まだ初任給しか出てないよね?」

「デザインとかそれで大丈夫だった?」

「……うん。すごく素敵! ありがとう」


 はしゃいでいるわたしに、寄り添うように隣へと座った彼は、指輪のはめられた手をそっと取って、少し見つめてから指を絡めるように握り締める。
 はあああと、溜め込んでいた緊張を吐きながらもたれかかってきた体は、ソファーへと深く深く沈み込んだ。


「……そういえば」

「ん?」

「いろいろ考えてたって、言ってた」

「……」

「いろいろが、知りたいなー?」

「……って言っても……」


 ソファーにきちんと座り直した彼は、一度だけぎゅっと手を握り締めた。


「どうやったら、あおいを泣かせられるかって」

「もうっ」

「あおいが一番喜んでくれるように。あと、オレがオレらしくいられるように」

「ちょっと取り乱してたけど?」

「その原因は結局のところあおいにあると思うけど」

「なんじゃそりゃ」


 一口コーヒーを飲んだ彼は一度時計を確認した後、手招きして腕の中にわたしを招き入れる。再び繋がれた左手を握りながら、後ろから抱き締められた。


「あおいは、どんなプロポーズがよかった?」

「何でも嬉しいよ」

「でも、昔言ってたじゃん。真っ赤な薔薇の花束……だっけ」

「確かに言ったけど……」


 けどこんなふうに、いつもの日常の中を切り取ったみたいに。いつもが思い出になるのって、すごい素敵だなって思ったし、ちょっとヒナタくんらしいなって思った。


「いろんなシミュレーションしたの?」

「それは聞かないもんだよ」

「ありがとう、ヒナタくん」

「……」

「わたしは、……本当に幸せ者だ」

「……それはよかった」


 涙声に、後ろからこめかみへそっと唇が寄せられる。
 促されるように少し顔を向ければ、今度は目元に。
 頬に添えられた温かい手の平に、そっと目蓋を閉じる。


「……オレも、あおいに負けないくらい幸せ者だよ」


 触れ合った場所から、幸せな思いが注ぎ込まれてくるみたいだった。
 注ぎ込まれるばかりは悔しくて。わたしからも彼に届けられるように、そっと首へと腕を回す。


「なんか、ずっとこうしてたいね」

「それすっげーわかる」


 この幸せな瞬間を噛み締めるように。
 そっと額を合わせたわたしたちは、満面の笑みで笑い合った。