煮えたぎっていたコーヒーが、やっと飲めるようになった頃。ソファーに移動したわたしの薬指には、ペアリングではなく。正真正銘の婚約指輪がはめられていた。
「あんま見てると穴空くよ」
「空いてるから指が入ってるんだよ?」
「ははっ、確かにそうだね」
「いつの間に用意してたの? 全然知らなかったよ」
「ん? 知ってたらサプライズの意味ないでしょ」
「……おいくら万円?」
「ご要望通り、給料三ヶ月分」
「ヒナタくん、まだ初任給しか出てないよね?」
「デザインとかそれで大丈夫だった?」
「……うん。すごく素敵! ありがとう」
はしゃいでいるわたしに、寄り添うように隣へと座った彼は、指輪のはめられた手をそっと取って、少し見つめてから指を絡めるように握り締める。
はあああと、溜め込んでいた緊張を吐きながらもたれかかってきた体は、ソファーへと深く深く沈み込んだ。
「……そういえば」
「ん?」
「いろいろ考えてたって、言ってた」
「……」
「いろいろが、知りたいなー?」
「……って言っても……」
ソファーにきちんと座り直した彼は、一度だけぎゅっと手を握り締めた。
「どうやったら、あおいを泣かせられるかって」
「もうっ」
「あおいが一番喜んでくれるように。あと、オレがオレらしくいられるように」
「ちょっと取り乱してたけど?」
「その原因は結局のところあおいにあると思うけど」
「なんじゃそりゃ」
一口コーヒーを飲んだ彼は一度時計を確認した後、手招きして腕の中にわたしを招き入れる。再び繋がれた左手を握りながら、後ろから抱き締められた。
「あおいは、どんなプロポーズがよかった?」
「何でも嬉しいよ」
「でも、昔言ってたじゃん。真っ赤な薔薇の花束……だっけ」
「確かに言ったけど……」
けどこんなふうに、いつもの日常の中を切り取ったみたいに。いつもが思い出になるのって、すごい素敵だなって思ったし、ちょっとヒナタくんらしいなって思った。
「いろんなシミュレーションしたの?」
「それは聞かないもんだよ」
「ありがとう、ヒナタくん」
「……」
「わたしは、……本当に幸せ者だ」
「……それはよかった」
涙声に、後ろからこめかみへそっと唇が寄せられる。
促されるように少し顔を向ければ、今度は目元に。
頬に添えられた温かい手の平に、そっと目蓋を閉じる。
「……オレも、あおいに負けないくらい幸せ者だよ」
触れ合った場所から、幸せな思いが注ぎ込まれてくるみたいだった。
注ぎ込まれるばかりは悔しくて。わたしからも彼に届けられるように、そっと首へと腕を回す。
「なんか、ずっとこうしてたいね」
「それすっげーわかる」
この幸せな瞬間を噛み締めるように。
そっと額を合わせたわたしたちは、満面の笑みで笑い合った。



