すべての花へそして君へ③


 そこで一度言葉を切った彼は、一呼吸置いてからゆっくりとため息に似た吐息をこぼした。
 そして、ふっと小さく笑みを浮かべながら、何故か両手を挙げた。


「白状すると、動揺してる」

「え?」

「直視できないくらいには、可愛いし。綺麗だし」

「……えっ」

「自分でも気付かない間にキスするくらいには、似合いすぎてて驚いてる」

「……!」


 やっぱり、朝が早いからだ。きっとまだ、夜型のヒナタくんは寝惚けてるんだよ。朝からそんな、愛の言葉を真っ直ぐに投げ掛けてきて。どうしろっていうの。直視できないのはこっちの方だよ。


「あおい」


 向かい側から、テーブルの上にそっと伸ばされた手。


「……あおい」


 この手を取ってと、彼がわたしを呼ぶ。
 人前では恥ずかしいのか。二人きりの時でしか、彼はわたしの名前を呼ばない。それは、昔も今も。ずっと変わらなかった。

 でも、それが寂しいと思ったのは最初だけ。
 彼にとって、わたしの名前を呼ぶことが特別だとわかったから。わたしにとっても、彼に呼ばれることが特別になったから。二人きりの時は、呼ばなかった分をたくさん言ってくれてることに気付いたから。


「……あおい」


 でもね、呼び方だって、きっと変わってない。こんなふうに、何かをねだるような声だって、初めてじゃない。今までだって、何度も何度も聞いてきた声なのに。


「好きだよ、あおい」


 こんなの、初めてだ。
 わたしの名前が、こんなにも愛おしげに耳をくすぐってくるのも。好きだよって言葉が、ここまで胸深く締め付けてくるのも。


「オレと、結婚してください」


 重ねた手が、震えを抑えるように握り込まれたのも。
 その一言に、一音一音に、彼の緊張が伝わってきたのも。
 その、彼の言葉に。真っ直ぐな瞳に。こんなにも静かに、涙を流したのも。


「……やっぱり綺麗だね」


 困ったように笑って、彼はわたしの目元に浮かぶ涙を、そっと拭う。

 わたしは、彼のその手を、震える手で取って。ただ一言――はい、と。それだけを言うのが精一杯で。
 言葉にならない思いを込めてぎゅっと握り締めた両手は、すぐに添えられた彼の大きな手に包み込まれた。


「ありがとう」


 握り返された強さに。彼のそのたった一言に。
 それだけで十分わたしの思いが伝わったのだと。
 今は、他に言葉はいらないのだと。小さく頷いた。