そこで一度言葉を切った彼は、一呼吸置いてからゆっくりとため息に似た吐息をこぼした。
そして、ふっと小さく笑みを浮かべながら、何故か両手を挙げた。
「白状すると、動揺してる」
「え?」
「直視できないくらいには、可愛いし。綺麗だし」
「……えっ」
「自分でも気付かない間にキスするくらいには、似合いすぎてて驚いてる」
「……!」
やっぱり、朝が早いからだ。きっとまだ、夜型のヒナタくんは寝惚けてるんだよ。朝からそんな、愛の言葉を真っ直ぐに投げ掛けてきて。どうしろっていうの。直視できないのはこっちの方だよ。
「あおい」
向かい側から、テーブルの上にそっと伸ばされた手。
「……あおい」
この手を取ってと、彼がわたしを呼ぶ。
人前では恥ずかしいのか。二人きりの時でしか、彼はわたしの名前を呼ばない。それは、昔も今も。ずっと変わらなかった。
でも、それが寂しいと思ったのは最初だけ。
彼にとって、わたしの名前を呼ぶことが特別だとわかったから。わたしにとっても、彼に呼ばれることが特別になったから。二人きりの時は、呼ばなかった分をたくさん言ってくれてることに気付いたから。
「……あおい」
でもね、呼び方だって、きっと変わってない。こんなふうに、何かをねだるような声だって、初めてじゃない。今までだって、何度も何度も聞いてきた声なのに。
「好きだよ、あおい」
こんなの、初めてだ。
わたしの名前が、こんなにも愛おしげに耳をくすぐってくるのも。好きだよって言葉が、ここまで胸深く締め付けてくるのも。
「オレと、結婚してください」
重ねた手が、震えを抑えるように握り込まれたのも。
その一言に、一音一音に、彼の緊張が伝わってきたのも。
その、彼の言葉に。真っ直ぐな瞳に。こんなにも静かに、涙を流したのも。
「……やっぱり綺麗だね」
困ったように笑って、彼はわたしの目元に浮かぶ涙を、そっと拭う。
わたしは、彼のその手を、震える手で取って。ただ一言――はい、と。それだけを言うのが精一杯で。
言葉にならない思いを込めてぎゅっと握り締めた両手は、すぐに添えられた彼の大きな手に包み込まれた。
「ありがとう」
握り返された強さに。彼のそのたった一言に。
それだけで十分わたしの思いが伝わったのだと。
今は、他に言葉はいらないのだと。小さく頷いた。



