腰を抜かしたわたしを、胡座を掻いた上に座らせながら彼は、言葉通り愛おしそうに触れた。
「一生懸命、ネクタイ結んでるの。ちょっと可愛かった」
「えっ?」
「カナタさんもかわいそうに。あおいがいなきゃ、今のオレみたいにあんなことやこんなことできただろうに」
「ちょ、……気を遣ったって、まさかそういうこと? いやいや、文面ちょっとおかしいから」
「だって。あおいが可愛いことするのが悪い」
「結局は理由こじつけたかっただけかいっ」
「……ふむ」
「な、なんですかその目は」
「……知ってる? あおい」
「な、何をですかね……」
「恋愛ジャンルに、“オフィスラブ”っていうのがあるんだって。今のうちに練習しとかないとね」
「いやいや! それもただ今したいがための口実でしょ!?」
――そうとも言う。
そう言って始まってしまった彼の愛撫に、結局は抵抗できないまま。気付けばあれだけ余裕で準備していたはずが、また一から身支度をしなければならなくなり時間ギリギリに。
さも満足そうな笑顔の魚座。片や本日最下位の乙女座は、朝からへとへとになった。
再び身支度が済んで。「もう一回ネクタイ結んでよ」と意地悪を言う彼には、超高速でちょっときつめに締めておいてあげた。
「それはそうと、あんたは? 一緒でいいなら車乗っけていくよ」
「あ! どうしようかな……」
「……なんか不都合? どっか寄る?」
「ううん。そういうんじゃないんだ」
一ヶ月前、ヒナタくんは無事大学を次席で卒業。バイト先にそのまま就職し、今日からそこで働く。まあつまり、うちの会社なんだけど。
あ、ちなみに。首席は四年間ずっとトップの座を譲らなかったシントだったらしい。よかったよかった。ひとまず一安心だ。
「帰りは、ちょっと遅くなりそうなんだ。あ、でも就職祝いまでには帰ってくるから、ヒナタくんはテレビでも観て寛いでてね」
「それなら待ってるよ」
「いやいやいや、新入社員そんなに遅くまで今日働かせないから」
「家帰っても、あんたいないとつまんないんだけど」
「そりゃわたしだってそうだけど。……今日は気疲れすると思うから、終わったらすぐに帰ってゆっくりしてて? 超特急で帰るから」
「……ん。わかった。ありがとう」



