すべての花へそして君へ③

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「お先に失礼します」

「ああ、ちょっと待ってひなたくん」


 入学式を終え、生徒会執行部の集まりにも顔を出した後、高三からしているバイト先へ、引き続き働きに出ていた。
 それも終わったのは、夕方6時半を回った頃。高校時代の名残か。まあ何も言わなくても、いずれ労働時間も延びていくだろう。

 振り返ってみれば、声を掛けた本人はというと何故かもじもじとしていた。いつも思うけど、これが社長でいいんだろうか。


「……その、年若い二人にこんなこと言うのも憚れるんだけど……」

「……? 二人……って」

「喧嘩でもした?」

「一切してませんけど」


 そう聞いてきた理由がちゃんとあるみたいで、彼はオレに近付きそっと耳打ちしてくる。


「いやそれがさ、今日入社式だったじゃない? 一応あおいにも顔出すように言ってたんだけど」

「来なかったんですか?」

「ちゃんとは来たよ? でも、来てもずっと心ここに在らずと言うか。ずっとぶつぶつ何か言ってたんだよ」

「……何かって?」

「『ヒナタくんの野郎』って」

「……」


 決して喧嘩はしてないけれど、心当たりが有り過ぎて思わず噴き出して笑ってしまう。全く、今日はよく笑わせられる。


「そっちの方は、オレに任せてください。それじゃ、また」

「そうかい? じゃあよろしくね。気を付けて帰るんだよ」

「カナタさんも。早く帰ってくださいね。奥さんと娘さん(、、、)、待ってるんですから」

「あはは。うん、頑張る」


 お疲れ様と、律儀に会社のエントランスまで見送りに出てくれた社長は、今日もまだ帰れないらしい。ここまで手伝ってもまだ足りないか。社長って相当大変だな。


「――って、オレもこうしちゃいられないんだった」


 いつもなら電車にバスと、乗り継いで帰るところだけど、今日はその辺大目に見てもらおう。
 早々にタクシーを捕まえたオレは、矢継ぎ早に目的地を告げながら車に乗り込んだのだった。